統計学は小説を読めるか?/ベン・ブラット『数字が明かす小説の秘密』

数字が明かす小説の秘密 スティーヴン・キング、J・K・ローリングからナボコフまで

数字が明かす小説の秘密 スティーヴン・キング、J・K・ローリングからナボコフまで

 

 算数以上データ分析未満の手法を使って小説を分析しましたという本。基本的なスタンスは『カルチャロミクス』に近いが、小説に的を絞って分析をしている分、テーマがはっきりとしている。エッセイとしてもちゃんと面白い。

 分析の多角さもよい。小説家のクセからジェンダーまで、さまざまな視点から仮説を検証している。文学作品だけでなく、ベストセラー小説や2次創作小説まで分析の対象に入っているのもよい。また、何でもかんでも単語数を調べるだけだった『カルチャロミクス』とは違って、本の表紙や分量のような、「本」についての分析をしているのもおもしろい。

 強いて不満を上げるなら、分析対象が英語圏の小説に限られていることかなあ。まあデータ分析という手法上英語の小説しか扱わないのもしょうがないとは思うんですが、その一方で分析の限界ってこんなもんかあとも思う。せめて翻訳小説を扱っていたらまたちょっと印象は違ったかもしれないんですが……。翻訳者Aが翻訳した作家Xの小説は、翻訳者Aが翻訳した作家Yの小説と、翻訳者Bが翻訳した作家Xの小説のどっちに似てるの? とかいろいろ論点はありそうなもんだし、そこは残念。

 

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ケン・リュウの中国SFの紹介ってだいぶ偏ってたんじゃ……/郝景芳『郝景芳短篇集』

郝景芳短篇集 (エクス・リブリス)

郝景芳短篇集 (エクス・リブリス)

 

 短編集としてはそこそこといったところ。SFアイデアとしてぎょっとするようなものはあんまりないが、端正な文章でわりと読ませる。特に「弦の調べ」は、宇宙エレベーターを弦に見立てるスケールのデカさと淡々とした人間ドラマが無理なく両立していて良かった。

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日本ホラー小説大賞の懐の深さをあらためて実感する/恒川光太郎『夜市』

夜市 (角川ホラー文庫)

夜市 (角川ホラー文庫)

 

 じ、地味ぃ……。ファンタジーの割にちょっととりとめもなさすぎる感じはして、可もなく不可もなくかなーと。決して悪い小説だとは思わないんだけど、堅実であることがどちらかといえばマイナス影響を与えている気はする。

ただ、あらためて気づいたのは日本ホラー小説大賞の多様さ。もちろん小林泰三とか矢部嵩とかみたいにゴリゴリのグロもあるんだが、その一方でこれとか伴名練とかみたいにグロも恐怖も薄めの作品もあって、ジャンルにとらわれずちゃんと中身で選んでるんだなーと感心した。そのことに気づけたのは収穫だった。

 

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丸谷才一の嗅覚の鋭さに舌を巻くなど/マイケル・ルイス『マネー・ボール』

 データ分析を駆使して貧乏球団を強いチームに変化させる、という話ですごく面白い。異世界転生モノに片足突っ込んでる。この話の主人公ともいえるゼネラルマネージャーのビリー・ビーンが、「データ分析によって組織を改革する人」の典型的なイメージからはかけ離れているのもポイント。

が、ぼくがこの本を読んで一番驚いたのは、後ろに丸谷才一による書評が載っていること。まさかあの高名な文学者サマが、こんな金と野球とデータの話ばっかりしてるような下品な本をお読みになり、あまつさえ絶賛書評まで書かれるとは。おみそれしました。