家政婦の歴史と、木下古栗の受けたパワハラ

家政婦の歴史 (文春新書)作者:濱口 桂一郎文藝春秋Amazon濱口桂一郎の新刊『家政婦の歴史』を読んだんだけどこれがとんでもなくすさまじい本で、労働法にひっそりと書かれた時代錯誤な条文が戦後から今の今まで生き残っており、なおかつそのことに誰も気づい…

なぜ市川沙央『ハンチバック』ではネットスラングが多用されているのか

ハンチバック (文春e-book)作者:市川 沙央文藝春秋Amazon市川沙央『ハンチバック』についてもういっちょ。『ハンチバック』を読んでふと気になったのは、ネットスラングの多さだ。「◯◯み」とか純文で使う言葉じゃねーぞ。中卒の人間が大学の通信課程に通うの…

なぜ市川沙央『ハンチバック』の冒頭には三文エロ記事があるのか

ハンチバック (文春e-book)作者:市川 沙央文藝春秋Amazon重度の障害を持つかたわら文學界新人賞・芥川賞を受賞し、挑発的な記者会見も含めてたいへん話題となった市川沙央『ハンチバック』ですが、この小説の冒頭には「都内最大級のハプバに潜入したら港区女…

たいして面白くはないが、生成過程は気になる/フリー・グーグルトン『茹で甲斐』

茹で甲斐: パスタにまつわる94の掌編作者:フリー・グーグルトンAmazon木下古栗がフリー・グーグルトン名義で出版した電子書籍の2冊め。こちらはAIを利用して書いた掌編小説集で、曰く 文章はすべて「Perplexity」と「Deepl」を使用して生成され、その後、人…

長編エッセイで振り返る木下古栗の20年/フリー・グーグルトン『高尾症候群』

高尾症候群作者:フリー・グーグルトンAmazon「珍フルエンサー栗美」最終回でも予告されていた、ある意味で木下古栗の集大成ともいえるような長編エッセイ。これまで各種小説やエッセイで断片的に語られてきた古栗の思想が、有機的なつながりを持って一冊の本…

今年の10冊(2022)

2022年に読んだ、印象に残った本およびその印象のまとめ(小説とノンフィクションをそれぞれ10冊ずつ)。

1200円でも割高なのでは/「風ノ旅ビト」

store.playstation.com ゲームシステムやストーリーについて説明はほぼないが、まあふわっと雰囲気はわかるようになっており、まあこういうのもアリだとは思う。バイブレーションの使い方が特徴的で、キャラクターの移動などに合わせて微弱なバイブレーショ…

スーパー銭湯系温泉には珍しい源泉かけ流し/天然戸田温泉 彩香の湯

onsen.nifty.com まあ全体的にはスーパー銭湯系温泉によくある深い掘削の温泉という感じ。温泉は露天風呂がメインではあるが、一応温泉を高濃度炭酸泉にしたものが内湯にあるので及第点かな。スーパー銭湯系温泉には珍しく源泉かけ流しの浴槽があるのは好感…

特殊設定アンチミステリーの極北/麻耶雄嵩『さよなら神様』

さよなら神様 (文春文庫)作者:麻耶雄嵩文藝春秋Amazonこれはすごい。『神様ゲーム』で一度使ってしまった特殊設定を使いまわし、さらに短編にしてさまざまなパターンの物語を作り上げる。特殊設定ミステリーの限界を探る究極のアンチミステリーといっていい…

『虐殺器官』を水で薄めた感じ/佐藤究『Ank:a mirroring ape』

Ank : a mirroring ape (講談社文庫)作者:佐藤究講談社Amazonまあなんか、伊藤計劃『虐殺器官』を水で薄めて水増しした感じですな。根本的なアイデアがちょっと似ているのでどうしても連想してしまう。霊長類についてのディテールが詳しく…

妊婦を救うのはフェミニズムではなくスピリチュアリティだった/横迫瑞穂『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』

妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ (集英社新書)作者:橋迫瑞穂集英社Amazon妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ言説を丹念に追って、だいぶ胡散臭いスピリチュアルな思想が多くの妊婦・母親の精神的な支えになっているということを示した本。ある種の…

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』がウケた理由はなんだろな/ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー2』

ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 2作者:ブレイディみかこ新潮社Amazon相変わらずすばらしいエッセイの数々で、中学生の子供の目を通して、底辺気味のイギリス社会を悲しくも美しく描いている。政治だとか差別だとかを勉強するならまずはこの本…

進化心理学を突き詰めるとリベラルにたどり着く/タッカー・マックス、ジェフリー・ミラー『モテるために必要なことはすべてダーウィンが教えてくれた』

モテるために必要なことはすべてダーウィンが教えてくれた 進化心理学が教える最強の恋愛戦略作者:ジェフリー・ミラー,タッカー・マックスSBクリエイティブAmazon進化心理学をベースにした、モテるための指南書。何よりも、進化心理学を突き詰めていった結果…

再公営化の流れが来ているのは喜ばしい/岸本聡子『水道、再び公営化!』

水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと (集英社新書)作者:岸本聡子集英社Amazonフランスやイギリスなど今まで民営化が進んでいた水道が、近年再公営化されるというトレンドがあり、それについて追った本。もちろん背景にあるのは反緊縮政策で…

どちらかというとフェミニズムよりも黒人文学の色が強い/オクテイヴィア・E・バトラー『血を分けた子ども』

血を分けた子ども作者:オクテイヴィア・E・バトラー河出書房新社Amazon当たり外れが激しい印象。退屈だったり異様に読みにくい短編もちょこちょこある一方で、「血を分けた子ども」「夕方と、朝と、夜と」「恩赦」あたりの最低限の説明でクールに決める感じ…

類書と比べてもいい本だが、ややスベり?/戸田山和久『最新版 論文の教室』

最新版 論文の教室 レポートから卒論まで NHKブックス作者:戸田山 和久NHK出版Amazonちょっと引用などについてのルールがしっかり書いてある本を持っておきたかったので、せっかくなので戸田山和久が書いた本書を購入した。全体的には、レベルの低い層に…

2品目のおかずを楽に作りたいあなたに/勝間和代『勝間式超ロジカル料理』

ラクして おいしく、太らない! 勝間式 超ロジカル料理作者:勝間 和代アチーブメント出版Amazonやはり、勝間和代はほとんどすべての料理が完全代替材になっているタイプの人間なので、全部を真に受けるわけにはいかない。それでも、2品目のおかずを作る上で参…

山形浩生の経済エッセイの集大成/山形浩生『経済のトリセツ』

経済のトリセツ作者:山形浩生亜紀書房Amazon山形浩生の経済絡みのエッセイを集めたもの。気楽に読める上に示唆に富むものも多く、とてもいいエッセイ集。ある意味集大成的でもある。本書に収録されているエッセイの多くは山形のウェブサイトでも読めるのが欠…

野沢温泉の源泉かけ流しはちょっと熱い/野沢温泉 千歳館

hb.afl.rakuten.co.jp 野沢温泉は源泉の温度がかなり高く、ちょっと熱すぎるのだけれど、千歳館ではそれをしっかり源泉かけ流ししている。まあ源泉かけ流しこそが至高という価値観もわからんでもないけれども、旅館に泊まって気楽に温泉に入りたいのに、いち…

地域に根づく共同湯/野沢温泉 外湯

onsen.nifty.com 野沢温泉の地域では、数多くの外湯を共同体で管理しているそうな。流石にボランティアによる管理だと施設の充実性は望めないけれども、逆にいうとこれだけの設備でも温泉として成立するという驚きはある。シャワーすらないのはつらいとか、…

フード左翼の分析と批判が的確/速水健朗『フード左翼とフード右翼』

フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人 (朝日新書)作者:速水健朗朝日新聞出版Amazon食を巡る価値観の対立を「フード左翼」「フード右翼」という直感的にわかりやすい造語で説明するのはすばらしいし、フード左翼の分析と批判も的確。その一方で、フー…

これぐらいの穏当な無神論であればガンガン推し進めちゃったほうが世界のためなのでは/リチャード・ドーキンス『神のいない世界の歩き方』

神のいない世界の歩き方 「科学的思考」入門 (ハヤカワ文庫NF)作者:リチャード ドーキンス早川書房Amazonまあいろいろと宗教絡みで問題が発生しているので手始めにドーキンスを。無神論と、それをサポートするための科学(主に進化論)の入門書。これぐらい…

パラパラ流し読みしてもまあまあ面白い/東畑開人『心はどこに消えた?』

心はどこへ消えた? (文春e-book)作者:東畑 開人文藝春秋Amazonちょっと長めの序文は本当にすばらしく、ここ20年ぐらいの平成不況が原因で心の問題よりも社会の問題のほうがずっと大きくなってきてしまったという話はとても説得力ある。でも、その後に続く本…

斎藤らしい着目点/斎藤美奈子『文庫解説ワンダーランド』

文庫解説ワンダーランド (岩波新書)作者:斎藤 美奈子岩波書店Amazon文庫解説に着目した滅多斬り系の本。読む前は「文庫解説ごときに注目してもどうにもならんでしょ」と思っていたが読んでみたらこれが面白い。特に著作権が切れているような古典的小説の解説…

女性であることが活かされているか?/奥浩哉、イイヅカケイタ『GANTZ:G』

GANTZ:G 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)作者:奥浩哉,イイヅカケイタ集英社Amazonうーん登場キャラクターの多くが女性であることが活かされているわけではないかな。大半が先輩兄ちゃんの言いなりだったし。『GANTZ』本編でも、数は少ないとはいえ女性…

「読んだ本」「読んだマンガ」の定期更新を停止します

いつもブログをお読みいただき、誠にありがとうございます。私生活が忙しくなりそうなため、毎月の初めに投稿していた「読んだ本」「読んだマンガ」の更新を停止します。申し訳ございません。なお、今まで「読んだ本」「読んだマンガ」で多少長めに書いてい…

ニール・ゲイマン「本の裏表紙に載っている生命体が細菌である可能性」 in 2010年イグノーベル賞の24/7レクチャー

improbable.com講師: ニール・ゲイマン(作家、ヒューゴー賞・ネビュラ賞・カーネギー賞の受賞者) 24秒で*1:本の裏表紙に載っている生命体が作家なのか細菌なのか不確かなときは、人類の人口を60億人として、そのうち半分以下が出版経験のある作家だと仮定…

イグノーベル賞のハイゼンベルグ確定性講演は廃止され、24/7レクチャーとなった

ヘンな科学 “イグノーベル賞” 研究40講作者:五十嵐杏南総合法令出版Amazonイグノーベル賞にはハイゼンベルグ確定性講演という短いスピーチがあるというのを、山形浩生がポール・クルーグマンの講演を訳したもので知っていた。 cruel.org ……のだけれど、この…

こんなばかSFにまじになっちゃってどうするの/三島由紀夫『美しい星』

美しい星 (新潮文庫)作者:由紀夫, 三島新潮社Amazonおもしろーい。信頼できない語り手というか、信頼できない作者というか。自分は宇宙人だと断言する胡散臭い家族がまあまあでかい騒動を起こすドタバタコメディ寄りの話として読むのが素直だと思う。暁子を…

加藤シゲアキにしか書けないゲデモノ小説/加藤シゲアキ『チュベローズで待ってる』

チュベローズで待ってる AGE22(新潮文庫)作者:加藤シゲアキ新潮社Amazonチュベローズで待ってる AGE32(新潮文庫)作者:加藤シゲアキ新潮社Amazonすっげー。上巻「AGE22」はよくある就活青春小説って感じであまり面白くないんだが、下巻「AGE32」に入って…