人文科学

長編エッセイで振り返る木下古栗の20年/フリー・グーグルトン『高尾症候群』

高尾症候群作者:フリー・グーグルトンAmazon「珍フルエンサー栗美」最終回でも予告されていた、ある意味で木下古栗の集大成ともいえるような長編エッセイ。これまで各種小説やエッセイで断片的に語られてきた古栗の思想が、有機的なつながりを持って一冊の本…

妊婦を救うのはフェミニズムではなくスピリチュアリティだった/横迫瑞穂『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』

妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ (集英社新書)作者:橋迫瑞穂集英社Amazon妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ言説を丹念に追って、だいぶ胡散臭いスピリチュアルな思想が多くの妊婦・母親の精神的な支えになっているということを示した本。ある種の…

これぐらいの穏当な無神論であればガンガン推し進めちゃったほうが世界のためなのでは/リチャード・ドーキンス『神のいない世界の歩き方』

神のいない世界の歩き方 「科学的思考」入門 (ハヤカワ文庫NF)作者:リチャード ドーキンス早川書房Amazonまあいろいろと宗教絡みで問題が発生しているので手始めにドーキンスを。無神論と、それをサポートするための科学(主に進化論)の入門書。これぐらい…

パラパラ流し読みしてもまあまあ面白い/東畑開人『心はどこに消えた?』

心はどこへ消えた? (文春e-book)作者:東畑 開人文藝春秋Amazonちょっと長めの序文は本当にすばらしく、ここ20年ぐらいの平成不況が原因で心の問題よりも社会の問題のほうがずっと大きくなってきてしまったという話はとても説得力ある。でも、その後に続く本…

斎藤らしい着目点/斎藤美奈子『文庫解説ワンダーランド』

文庫解説ワンダーランド (岩波新書)作者:斎藤 美奈子岩波書店Amazon文庫解説に着目した滅多斬り系の本。読む前は「文庫解説ごときに注目してもどうにもならんでしょ」と思っていたが読んでみたらこれが面白い。特に著作権が切れているような古典的小説の解説…

ホラーを自然化する/戸田山和久『恐怖の哲学』

恐怖の哲学 ホラーで人間を読む NHK出版新書作者:戸田山 和久NHK出版Amazonホラーというジャンルをベースに、感情の哲学から出発してホラー論を経由し、最終的に意識の哲学へと執着するたいへん欲張りな本。戸田山らしく、全体を通して自然主義・唯物論が…

本を読むという行為の多様さについて/ナカムラクニオ『本の世界をめぐる冒険』

本の世界をめぐる冒険 NHK出版 学びのきほん作者:ナカムラ クニオNHK出版AmazonまあNHK出版から出ているゆるそうなシリーズの一冊ということでナメていたんだが、意外や意外、とても良い本だった。基本的には本や読書の歴史を俯瞰する本だが、そこには著者の…

学際の見本/金森修『病魔という悪の物語』

病魔という悪の物語 ──チフスのメアリー (ちくまプリマー新書)作者:金森修筑摩書房Amazonこれは学際の見本だなあ。公衆衛生学であると同時にその科学史でもあり、歴史学の側面もあり、言語学やメディア学にも片足を突っ込んでいる。コロナ下の現在ということ…

「作者の死」の死

物語の構造分析作者:ロラン・バルトみすず書房Amazon 要約 「作者の死」でバルトは「作者」を時代の産物としているが、そうであれば時代の変化により「作者」が復活する可能性がある。そして現代では、インターネットによって「作者」の存在が強化されるので…

一人の作家の小説を読むということ/栗原裕一郎、豊崎由美『石原慎太郎を読んでみた』

石原慎太郎を読んでみた ノーカット版 (中公文庫)作者:栗原裕一郎,豊崎由美中央公論新社Amazon特に栗原裕一郎の労力には脱帽。わざわざ石原慎太郎なんかのために国会図書館に通い詰めて、全集から埋もれた名作や駄作まで、丹念に一人の作家と向き合うという…

あとはスリムにしてちくまプリマー新書に入れれば完璧/戸田山和久『教養の書』

教養の書作者:戸田山和久発売日: 2020/06/05メディア: Kindle版戸田山和久による、実存が込められた「教養」の本。ギリシャ哲学から進化論や認知心理学まで、非常にさまざまな分野の上に「教養」を定義づけるという、気合の入った試み。教養という概念が持つ…

「○○っす」とジェンダー解体の意外なつながり/中村桃子『新敬語「マジヤバイっす」』

新敬語「マジヤバイっす」: 社会言語学の視点から作者:桃子, 中村発売日: 2020/03/12メディア: 単行本まず、「○○っす」という言葉遣いが、単なる教養のない若者の言葉というだけでなく、敬意と親しさの両方を表現する機能を持つというだけでもけっこう面白い…

政治と宗教によって歪められてきた時間の歴史/リオフランク・ホルフォード‐ストレブンズ『暦と時間の歴史』

暦と時間の歴史 (サイエンス・パレット)作者:Leofranc Holford-Strevens発売日: 2013/09/26メディア: 新書主に暦の歴史に重点を置いた本。200ページの新書のわりにはだいぶ情報量が多い。若干ニッチさは否めないが、それでも年月日時というわれわれが当たり…

経営目線での分析が得意な飯田の本領発揮/飯田一史『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』

マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代 (星海社新書)作者:飯田 一史発売日: 2018/07/27メディア: 新書最近どんどん存在感を増しているマンガアプリの現状分析の本。各種マネタイズの手法についての鮮やかな分析は…

いい意味で「実用的な自己啓発書」/千葉雅也『勉強の哲学』

勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版 (文春文庫)作者:千葉 雅也発売日: 2020/03/10メディア: Kindle版ドゥルーズだのラカンだのの言葉を安易に借りずに、自分の言葉で「勉強」とは何かを明確にしていく感じは、いい意味で古典的な哲学っぽいなと思った…

「誰でもわかる」文学理論/小林真大『文学のトリセツ』

文学のトリセツ ー「桃太郎」で文学がわかる!作者:小林真大発売日: 2020/03/12メディア: 単行本(ソフトカバー)文学理論は、文学に興味のある人にのみ必要なものと思われがちである。しかし実際のところ、文学理論的なものの見方は、あらゆるテクストに対し…

プロパガンダ装置としての役割に焦点を当てた「山月記」研究/佐野幹『「山月記」はなぜ国民教材となったのか』

「山月記」はなぜ国民教材となったのか作者:佐野 幹発売日: 2013/07/31メディア: 単行本おもしろい。「山月記」という短編が、様々な人間の思惑によって、「国民教材」に相応しい小説として教科書に掲載され続け、読まれ続けてきたというのが、丹念な調査に…

膨大なデータで読む芥川賞の歴史/川口則弘『芥川賞物語』

芥川賞物語 (文春文庫)作者:則弘, 川口発売日: 2017/01/06メディア: 文庫芥川賞受賞作・候補作の簡単な紹介からゴシップまで、芥川賞の歴史が手ごろな形でまとまっている。特に石原慎太郎以前の話は、芥川賞の話題としてもり取り上げられることが少なく、文…

デイケア参加者の悪戦苦闘っぷりをいきいきと描いた傑作エッセイ/東畑開人『居るのはつらいよ』

居るのはつらいよ: ケアとセラピーについての覚書 (シリーズ ケアをひらく)作者:東畑 開人発売日: 2019/02/18メディア: 単行本いやーベタに感動してしまった。一応、主にデイケアに主眼をおいた医療エッセイではあるんだけど、デイケアに携わる人々の描写(…

分国法から見える戦国大名の苦悩/清水克行『戦国大名と分国法』

戦国大名と分国法 (岩波新書)作者:清水 克行出版社/メーカー: 岩波書店発売日: 2018/07/21メディア: 新書日本史の教科書の戦国時代のページに分国法がいろいろ乗っていたのだけれども、分国法というものが実際のところどういうものなのかはよくわかっていな…

史料から見えてくるボンクラ信長の実像/金子拓『織田信長』

織田信長 不器用すぎた天下人作者:金子拓出版社/メーカー: 河出書房新社発売日: 2017/04/22メディア: 単行本関わりの深かった戦国大名や家臣に対する信長の振る舞いを通じて、信長の人間性を明らかにしていくという試み。方法論としてはちょっと無理があり、…

統計学は小説を読めるか?/ベン・ブラット『数字が明かす小説の秘密』

数字が明かす小説の秘密 スティーヴン・キング、J・K・ローリングからナボコフまで 作者: ベン・ブラット,坪野圭介 出版社/メーカー: DU BOOKS 発売日: 2018/07/13 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (1件) を見る 算数以上データ分析未満の手法を使っ…

文化をグラフ化する本なのにグラフが見づらいのどうにかしてくれ/エレツ・エイデン、ジャン=バティースト・ミシェル『カルチャロミクス』

カルチャロミクス;文化をビッグデータで計測する 作者: エレツエイデン,ジャン=バティーストミシェル,高安美佐子,阪本芳久 出版社/メーカー: 草思社 発売日: 2016/02/18 メディア: 単行本(ソフトカバー) この商品を含むブログ (5件) を見る 膨大な書籍のテ…

進化論的世界観にどっぷり浸かった文明史/ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』

サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福 作者: ユヴァル・ノア・ハラリ,柴田裕之 出版社/メーカー: 河出書房新社 発売日: 2016/09/08 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (50件) を見る サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福 作者: ユヴァル・ノ…

人文系ヘタレ中流インテリのための進化論入門/吉川浩満『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』

人間の解剖はサルの解剖のための鍵である 作者: 吉川浩満 出版社/メーカー: 河出書房新社 発売日: 2018/07/19 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (3件) を見る 『理不尽な進化』の著者・吉川浩満によるエッセイ集。進化論や行動経済学によって大幅な転…

リスク分散としてのフェミニズム(と、渡部直己のセクハラ問題)

早稲田文学増刊 女性号 (単行本) 作者: 早稲田文学会 出版社/メーカー: 筑摩書房 発売日: 2017/09/20 メディア: ムック この商品を含むブログ (3件) を見る 要約 「女性(あるいはフェミニスト)が一体となって抗議する運動」は、「その運動に参加することに…

二重のパラノイアに取り憑かれたトンデモ奇書/ピエール・バイヤール『アクロイドを殺したのはだれか』

アクロイドを殺したのはだれか 作者: ピエールバイヤール,Pierre Bayard,大浦康介 出版社/メーカー: 筑摩書房 発売日: 2001/09 メディア: 単行本 クリック: 4回 この商品を含むブログ (16件) を見る 本書はなかなかの奇書だ。ただそれは、著者ピエール・バイ…

入試問題と誤読に学ぶ、ユニークな哲学の入門書/入不二基義『哲学の誤読』

哲学の誤読 ―入試現代文で哲学する! (ちくま新書) 作者: 入不二基義 出版社/メーカー: 筑摩書房 発売日: 2007/12/01 メディア: 新書 購入: 8人 クリック: 95回 この商品を含むブログ (43件) を見る 「入試問題を素材に使った哲学入門書」というユニークな本…

レーニンやスターリンがソ連SFを発展させた!? 衝撃のソ連文学史/カーツ『ソヴィエト・ファンタスチカの歴史』

ソヴィエト・ファンタスチカの歴史 (世界浪曼派) 作者: ルスタム・スヴャトスラーヴォヴィチカーツ,ロマンアルビトマン,Roman Arbitman,梅村博昭 出版社/メーカー: 共和国 発売日: 2017/06/09 メディア: 単行本 この商品を含むブログ (5件) を見る おそらく…

これぞ「新しい歴史」! 資料調査が覆す荻原重秀の実像/村井淳志『勘定奉行荻原重秀の生涯』

勘定奉行荻原重秀の生涯―新井白石が嫉妬した天才経済官僚 (集英社新書) 作者: 村井淳志 出版社/メーカー: 集英社 発売日: 2007/03/01 メディア: 新書 購入: 2人 クリック: 22回 この商品を含むブログ (22件) を見る はい、圧倒的に面白いです。綿密な資料読…