入門書かくあるべし/祖父江孝男『文化人類学入門』

 

文化人類学入門 (中公新書 (560))

文化人類学入門 (中公新書 (560))

 

 文化人類学の諸分野を大雑把にまとめたもの。内容としてはよく聞いた話も多いけど大丈夫。そして入門書としての完成度が異様に高く、ちょっとした感動すら覚える。

 

文化人類学ってかなり分野の広い学問だし、いまいちどのように定義されるのかもわかりづらい。そういう要素はとっつきづらさにつながり、文化人類学初心者を遠ざける原因になっている。しかし、そういう分野の広さや曖昧さこそが文化人類学の強みになっているというのも事実だと思う。この本の場合はそういう広さや曖昧さをある程度大切にし、その上できっちりとまとめ上げたと思う。

個人的には、1章の「文化人類学の世界」が学ぶことが多かった。ドイツやアメリカの学問区分がこんなばかみたいな混乱を生んでたとは!

ただ、かなり古い情報もあるらしいですね。ぼくは全然この分野のことを知らないのでちょっとなんともだけど、まあそれは90年の本なのでしょうがないかも。

 

この本の一番悪いところは、異様に一文一文が長いこと。

 「こういう地域に住んでいる人は、日本のどこでもそうなのだろうとつい思いがちなのだが、実をいうと決してそうではないのであって、九州の鹿児島、宮崎、大分、佐賀、福岡の各県各地と高知県和歌山県の南部、三重県和歌山県寄りの南部と山梨県の一部といった地域では(ただし正確にいえば『ある年齢以上の人びとのあいだでは』ということになるが)、ジとヂ、ズとヅとをそれぞれはっきり区別して発音するのである」(『文化人類学入門 増補改訂版』中公新書、p.86)

「なおさきにも触れたように、もともとこの同族は中国の父系親族集団をさすことばであって、中国の同族もおなじような特色をそなえているが、中国の場合はおなじリネージ、氏族内のメンバーどうしは、絶対に結婚してはいけない、つまり外婚制が絶対的な規則として定められている」(p.139)

「しかし、無文字社会のあいだにおける伝統的治療に関する調査など文化人類学者のあいだにおいてもしだいに行われるようになり、とくに一九八九年一〇月の第四三回日本人類学会・日本民俗学会連合大会では、さきの波平氏の司会によって『病院の民族誌』なるシンポジウムが開催され、文化人類学と医学の双方の立場から、今日の日本の病院のもつさまざまな問題についての論議がなされたのは、わが国ではじめての試みとして注目される」(p.225)

上の文章は意図的に異様に長いものを選んで引用してきたわけではなく、適当にページを開いてそこから文章を引っ張ってきたもの。長いでしょ。そしてその長さが文章の読みやすさに全く貢献してないので、そこは残念。

 

が……ぼくがこの本を読んでほんとに驚いたのは、最後の「文化人類学を学びたい方のために」という章。まず、日本にある文化人類学を勉強できる大学を網羅している。

そして恐ろしいのが、その後に続く膨大な参考書の羅列。20ページ強にもわたって、文化人類学に関連する本が延々と並んでる! これを全部読めばあなたも文化人類学者!

そう思ってこの本を振り返ってみると、文化人類学を勉強する際に必要になってきそうな細かいところをきっちり押さえているということに気付かされる。学問史とそこからうまれた学問の定義の混乱を最初に書いてるし、各研究についても単なる概念だけではなく研究史や論争まできっちりと押さえ、最後には文化人類学の研究手法とそれに伴う研究倫理の話まで書いてくれる。この配慮っぷり。ちょっと涙出ちゃいますよ。

というわけで、他の人にもこの本を見習って、本当に「入門」できる入門書を書いてほしいなと思った。