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算数教育も算数教育批判もややこしいしこういう研究もっと増えてくれー/吉田甫『学力低下をどう克服するか』

書評 自然科学 社会科学

 

学力低下をどう克服するか―子どもの目線から考える

学力低下をどう克服するか―子どもの目線から考える

 

ここのところずっとポケモンの話していたけど、ようやく平常運転に切り替えます。 

黒木玄のツイート経由でこの本の存在を知ったので読んでみたけど、とてもおもしろかった。と同時に、この本が2003年に刊行されたにもかかわらず未だに黒木とかがツイッターで毎日荒れているのをみると、問題の根深さを感じなくもない。まあ、初等教育の方法論の研究なんて統計的に処理するのも難しいんでしょうが、こういう研究がもっと増えれば現状ももうちょっとマシになるのでは? と思ったり。

 

黒木玄をはじめとする多くの識者が算数を中心とする小学校の教育を批判しているけれど、例えば掛け算の順序でも、強硬な擁護者は意見を変えない。まあこういうことはどの分野でもよくあることだ。黒木らはそれを、「教科書を作っている人たちに洗脳されている(大意)」みたいに説明する。

が……よくよく考えてみると、実は黒木らの批判はちょっと弱いのだ。黒木らによる算数教育批判は「算数教育がいかに現実からかけ離れており、現状の算数教育の擁護者の主張がいかに矛盾しているか」を指摘するようなものになることが多い(そしてこの批判そのものはだいたい正しい)。

しかし、その批判はわずかに芯を外しているのではないか、と時々思う。たとえば、現実からとてもかけ離れた算数教育と現実に近い算数教育だったら、どちらのほうが最終的に有用だろうか。十中八九後者のほうが有用だと思うけど、一方でこれは根拠レスな主張でもある。そういえばダイレクト・インストラクションなんていうのもあったっけ。あるいは、現状の算数教育の擁護者がいかにバカだからって、それが算数教育がクズであることを意味するとは限らない。

 

そういう意味で、吉田甫のこの本は、算数教育の効果を実証し、黒木らの批判に足りないものを補う研究となっている。サンプル数が少ない気がするのは気になるけど、まあ教育学だったら少なくても仕方ない(の?)。そして何より、根拠がないよりはずっとマシなはずだ。

議論の中で面白いのは「インフォーマルな知識」という概念。子供たちだって何も考えずぼーっと毎日を過ごしているわけではなく、日々の生活にあふれる膨大な数字から、ちょっとずつ加減乗除や割合や分数の概念を獲得している。吉田らは、そのようなインフォーマルな知識をうまく教育に接続させる授業を実践し、教科書的な授業と対照実験する(この本で力を入れて実践されているのは分数と割合)。

吉田らの授業は、子供たちからインフォーマルな知識を引き出すような手法のため、子供たちの口から教科書的には未習の概念(分数における帯分数、仮分数とか)が出てくることに、小学校の先生が戸惑いを覚えちゃっているのが面白い(面白くない!!!)。その先生方の中には、教科書的な範囲から子供が(自主的に!!!)逸脱してしまうことに耐えられず、仕方なくその先生の授業では吉田らの方法から教科書的な方法に変更するという対応をとったぐらい。

研究の結果は、吉田らの授業のほうが教科書的な授業よりも概して優れた結果を残すというもの(これはまあ当たり前)。そしてそんなことよりも重要なのは、教科書的な授業を受けた生徒は、インフォーマルな知識を失うことすらある(!!!!!)ということ。教科書的な授業を受けた場合、鉛筆と紙があればさすがに算数の問題は解けるようになるが、スーパーの2割引きを概算する能力は、上がらないどころかむしろ下がってしまう。まあ教科書的な授業のせいでインフォーマルな知識を失ったとしても、数年ぐらい生活すればまたインフォーマルな知識を取り戻せるとは思うけど、じゃあ教育の意味って……。

 

この本を読んだ後で注意したほうがいいのは、このような実証研究からの類推で他の教育を批判するのはちょっと危ないというところ。吉田らの授業と教科書的な授業の違いは、明確には示しにくいうえにあくまでも相対的なものなので、思い込みで分類すると危険。先述したダイレクト・インストラクションなんかは一見教科書的な授業のようにしか思えないんだけど、実は吉田らの授業に近いかもしれない、みたいな。そういう意味でちょっと応用しづらい本ではあるかもしれない。

とはいえこういう実証研究は大事。ぜひ黒木玄先生あたりは、掛け算・足し算の順番やモルグリコなどについての実証研究なんかしてもらえれば、日本の理系教育の未来は明るいかなあと思ったり、むにゃむにゃ……。