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「女性のための」経済学入門ってこういうことか!/オスター『お医者さんは教えてくれない 妊娠・出産の常識ウソ・ホント』

書評 社会科学 自然科学

 

お医者さんは教えてくれない 妊娠・出産の常識ウソ・ホント

お医者さんは教えてくれない 妊娠・出産の常識ウソ・ホント

 

 以前山形浩生「『女性のための』ということばを『バカのための』みたいなことばの婉曲表現として使うことがあるけど女性軽視だし困る」みたいなことを書いていた。まったくその通りではあるのだけど、じゃあ「女性のための」っていう言葉はどのように使えばいいのだろうか(あるいは使うべきでないのか)? ということをちょくちょく考えていた。

その答えが、この本を読んでようやくわかった。こういう本を「女性のための」経済学入門っていうのか!

 

 まず実用書としてすばらしい。オスターの専門である、経済学的なものの見方にもとづいて、通説を徹底的に検証する(実際のところは経済学というより統計学かな? まあどっちでもいい)。一般的にあまり妊娠によくないといわれるお酒とかも、研究によると飲み過ぎなければ大丈夫だとか、結構びっくりだけど通説を覆す重大な主張ばかり。訳者解説には、飲酒関係でこの本がかなり叩かれたみたいな話も載っているけど、信頼できる研究と信頼できない研究をちゃんと区別しているオスターのほうが概ね正しいしえらいと思う。あと、魚に含まれるDHAと水銀の量が、子供のIQと優位に相関するっていうのは驚き(イワシとかがいいそうな)。

あと個人的に嬉しかったのは、受精とか妊娠とか出産の仕組みについても、かなりつっこんでいるところ。男性読者にも配慮したのか、それとも女性も詳しい仕組みまではあまり知らないからなのか、よくわからないけどどちらにしろぼくとしてはありがたい限り。受精って狙って起こすのは意外と難しいんですねえ。

 

そしてすごいのは、この本が「女性のための」経済学入門となっていること。この手の本だと『ヤバい経済学』とか『「社会調査」のウソ』とかを読んだけど、『ヤバい経済学』はすごい独創的な本である一方体系性にかけていると思っていた。その一方、『「社会調査」のウソ』は体系性はあるのに本としていまいちまとまりがないような気がする、という変な印象を抱いていた。

けどこの本を読んで、それらの本の問題点がなんとなくわかってきた。それらの本には「目的」みたいなものがないのだ。一方この本には明確な目的があるので、それだけ何をしたいのかがはっきりしてくる。

もちろんこの「目的」みたいなものは、歪んだ議論という副産物を産んでしまうことがあるので注意が必要。ただオスターは優秀な研究者だし、オスターの「目的」は別に「偉そうな顔してふんぞり返ってる医者どもをバカにすること」ではなく、「健康に安全に赤ちゃんを産むこと」なので、変な歪み方はしないはず。そしてなにより、「目的」とかのおかげで、経済学の考え方をとても実践的に活用できるのだから、とても議論に馴染みやすくなる。

 

翻訳もそこそこ優秀で読みやすい。邦題だけみるとそこらへんに転がってるしょーもない本っぽく見えるのは残念だけど(原題はExpecting Better)、その一方で何についての本なのかはわかりやすいし、まあこういうタイトルにすれば多くの妊婦の方々が買ってくれるのかもしれない。唯一の不満は、医療の体制などが日米で違う関係で、いくつかの章がカットされていること。まあそのこと自体はよくあることだし、ついでに日本とアメリカで全く事情が違うのにそのまま訳したら実用書としてはまずいので仕方ないのだけれど、その中には無痛分娩の話も含まれるらしく残念。日本では(それとも日本に限らない?)無痛分娩を巡ってかなーり宗教的な論争が繰り広げられているので、そういうのに一定の見解を示しているところを見せてほしかったところ。

 

 

おまけで予防線。延々と「女性のための」と書いてきたけど、ぼくは「妊娠・出産は女性の問題だからこの本は女性のための本だ」なんて言ってませんからね!!!!! 妊娠は男女ともに重要な問題だけど、それでも一応当事者である女性のほうが、妊娠出産に関する知識の重要性は高いはず。でも勉強になるから、誰が読んでも得ですよ! それこそ結婚にも縁がないような人でも(ぼくとかね)。