変分原理を省いた「あなたの人生の物語」に「未来」なんかないんだよ/ヴィルヌーヴ「メッセージ」

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結構大胆な原作改変をしているんだけども、その多くは原作「あなたの人生の物語」とは大きく違うとはいえ、決して悪くはない……変分原理についての話を除いては。これを省いちゃったせいで、ちょっとまぬけな映画になってしまっていると思う。

以下ネタバレ多数につき注意。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぱっと見たときに気になるのは、いかにもハリウッド的な改変だ。やたら世界的な対立、爆弾ドカーン、娘の死因が白血病かなんかの病気になってる、そして一言語学者が中国の軍人と電話して世界を救う、ヒーロー的なストーリーむき出しのラスト付近。が、それらは決して、原作の邪魔をしているわけではない。ぼくはどちらかというと原作のほうが好みだけど、ハリウッドっぽい話のほうが好きな人も大勢いるだろう。なので、どちらが優れているかという話にはならない。というか、原作もわりとメロドラマチックな話なので(チャンはたまに感傷的な小説を書く傾向があると思う。「商人と錬金術師の門」とか「ゼロで割る」とか)、そこまで大きな問題ではないと思う。

ヘプタポッドやイカスミみたいな文字体系の映像化は、なかなか面白かった。説明が自然と多くなってしまう原作よりも、映像的な美しさも含めて楽しめる部分は多いと思う。

なお、進化論を勉強中のぼくは、ヘプタポッドの言葉を学べば未来が見える! みたいなバリバリのサピア=ウォーフ仮説に顔をしかめてしまった。が、これは原作も持っている問題点なので、責めるのはお門違いだろう。

 

問題なのは、原作で重要なファクターとして描かれていた「変分原理」の存在だ。ぼくはド文系なので、変分原理のことをちゃんと理解していないのだけれども、原作では変分原理についてのチャン流の説明があって、それがなんとなーくヘプタポッドの世界認識とリンクしていることはわかるようになってる。

それを省くとどうなるか。まず単純に、説得力が薄くなる。ヘプタポッドの文字体系だけを根拠に「ヘプタポッドは未来が見える!!!」というのは、ちょっと伏線が足りない感が否めないんじゃないかな。

そしてもっと問題なのは、物理学者という設定のイアン(ジェレミー・レナー)が全く魅力的でなくなってしまうという点。原作での物理学者ゲーリー(原作ではゲーリーという名前で、何故か名前が変わっている)は、主人公ルイーズ(エイミー・アダムス)がヘプタポッドの言葉を解読したことに助けられて、がんばってヘプタポッドとコミュニケーションを重ね、ヘプタポッドが変分原理のような変にレベルの高い原理を知っているということを理解する。それのことをルイーズにわかりやすく説明したことで、ルイーズもヘプタポッドの世界認識について新しい示唆を得ることができる。ここには、全く別の学問が奇妙に絡み合う、(クサい言い方をすれば)「共同作業」が存在する。

じゃあ映画でのイアンはどうか? イアンは、物理学者としてプロジェクトに参加しているはずなのに、何一つ物理学者っぽい仕事をしないで、言語学者であるルイーズの作業に首を突っ込んでる。唯一の活躍は、ヘプタポッドの最後の言葉が「1/12」の量しかないことに気づき、これが分割されたメッセージであることに気づくことだ。ええと、たしかにそれはすごいのだけれど、ところでイアンくん、君は言語学者なの、それとも小学校の先生なの? え、物理学者!?

というわけで物理学者らしいところはない。イアンは作中で「コミュニケーション下手だから独身だ」とか言ってたけど、物理学者っぽいかっこいい活躍もないイアンを好きになる人いるの? だから、はっきりいって映画のラストはご都合主義になってしまっているとぼくは思う。

 

とはいえ、こんなことを考えるのはぼくのような面倒くさいSFオタクだけかもしれない。別に世間に認められれば問題ないのだろう。でもぼくは気になるのだ。そして、原作未読で映画を見てこのレビューを読んだ人は、ぜひ原作を読んでほしい。

あなたの人生の物語

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