勘定奉行荻原重秀の生涯―新井白石が嫉妬した天才経済官僚 (集英社新書)
- 作者: 村井淳志
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2007/03/01
- メディア: 新書
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はい、圧倒的に面白いです。綿密な資料読解に基づいてそれまでの荻原重秀像をひっくり返し、さらにとても面白くかつ理屈の通った陰謀論まで提示してしまった凄まじい本。新しい歴史とか正しい歴史とかおっしゃっている人は、もっとこーゆー本読んだほうがいいと思う。
高校レベルの日本史を勉強したことがある人はかなりの確率で荻原重秀の名前を知っているだろう。そして彼に対するイメージはきっと悪いはずだ。大幅な貨幣改鋳によって物価を高騰させ、経済を混乱させた極悪政治家。当たり前でしょう。元禄小判なんて質の悪い貨幣を作ってしまったらだめです。悪貨は良貨を駆逐するんです。
が……村井はこの見解に、以下のように異を唱える。悪貨が良貨を駆逐するのであれば、市場に出回る良貨の量(≒貨幣量)は減少する。そしたら、デフレが起こるのでは? だとすれば、物価高騰は起こらないのでは?
うーんどちらとも判断しづらい。良貨の量は減るであろう一方、貨幣自体の量は変わっていないはず。
そこで村井は、一次資料を精査する。そこから現れてくるのは「大幅な貨幣改鋳によって物価を高騰させ、経済を混乱させた極悪政治家」からはかなりかけ離れた、荻原重秀の実態だ。
まず、大幅な貨幣改鋳による物価高騰はほとんどない(えええええええ!!!)。改鋳直後に米価は上がったけどそれは凶作のせいであり、長期的には年3パーセント程度のマイルドなインフレのようだ。どこかの某極東の島国にも見習ってほしいですねえ。
また、荻原重秀は貨幣改鋳だけでなく、検地の実施や佐渡金山の採掘の改善、そして貿易における銅の使用など、字面としてはあまり派手ではない政策を数々行っている。しかし歴史的に見ると地味だとはいえ、荻原は大胆かつ着実に業績を積み上げており、周りからの評価もかなり高い。
そして驚いたのは、荻原重秀と対比したときの、新井白石のトンデモっぷり。『折たく柴の木』ってそんなちんぷんかんぷんな本だったの!?!? 貨幣改鋳をすると地震や噴火が起こるんだって!!! うへー、逆に『折たく柴の木』読んでみたくなったぞ。海舶互市新例も、言われてみればなんだかしょぼい政策ですねえ。だからこそ、新井白石の常軌を逸した荻原重秀批判が、これまで荻原重秀を擁護するような文章があまりなかったことを理由に、歴史学のスタンダードな見解になっていたというのは驚き。
他にも面白いのが、荻原重秀の死には謎が多いという話。村井はそこから、新井白石による謀殺があったのだという何やら陰謀論めいた話をし始める。
でも村井が偉いのは、陰謀論チックな推測を提示しつつも、同時にかなりいろいろな資料も提示して、なおかつギリギリのところで「推測」として踏みとどまっている点。そのおかげでこの本は、陰謀論の胡散臭さをある程度捨てて、陰謀論の面白さを強調できている。ここらへんは、村井が最初は歴史小説を書こうとしたことが原因かな。
いずれにせよ、めちゃくちゃ面白いのでぜひ読んでほしい。これが「新しい歴史」ですからね。