入試問題と誤読に学ぶ、ユニークな哲学の入門書/入不二基義『哲学の誤読』

哲学の誤読 ―入試現代文で哲学する! (ちくま新書)

哲学の誤読 ―入試現代文で哲学する! (ちくま新書)

 

 「入試問題を素材に使った哲学入門書」というユニークな本。しかもただキワモノを目指した本というわけでもなく、「入試問題」と「誤読」という2つのテーマが、見事に読者を哲学に誘うという目的に貢献している。高校生に限らず、幅広い読者にとって得るものの多い本だと思う。

 

本書のユニークさは、やはり「入試問題を素材に使った哲学入門書」というところだろう。まず大学受験をする予定の高校生にとっては、「入試問題」という神話を解体してくれる。というのも、入不二は問題作成者や赤本や予備校などの模範解答作成者、そしてさらには問題文の著者の「誤読」を指摘することを本書の裏テーマとしているからだ。模範解答はまだしも、まさか問題作成者や問題文の著者が文章を誤読するなんて! ある意味では、問題作成者や著者という「絶対的な神様」から、非常に弱い立場に立たされている受験生を開放してくれる本であるともいえる(ただ、その結果受験生がやたらと反抗的になってしまったらそれはそれで困るが……)。

大学受験の問題を読む、という形式は、非大学受験者にとってもメリットがある。まず問題文が適度な難易度になる。2章で取り上げられている、永井均の文章を元にした東大の問題は、設問はかなり難しかったが、それでも文章自体はまだギリギリ読める部類の文章だ。他の3問も、極端に難しい文章というわけではない。

また、大学受験の問題を解くという行為がある種のアフォーダンスみたいになっているところも重要。設問の存在が、読者が取り上げられている文章自体を丁寧に読むよう誘導しているため、普通に本を読む時よりもずっと丁寧に読めるはず。

 

本書で最もスリリングな部分は、やはり1章の「「謎」が立ち上がる」だろう。ここでは、野矢茂樹の文章を元にした北海道大学の問題を取り上げている。この問題およびそれに対する赤本や予備校などの解答を、入不二は容赦なく論難する。入不二によると、この問題の作成者はなんと野矢茂樹の文章を誤読している!

そして野矢の文章を誤読した問題作成者は、不適切な設問を立てる。その苦しい設問に、赤本や予備校などもなんとか模範解答を作ろうとし、見事に失敗している。非常に面白かったのが、ぼくも入試問題を解いてみたところ、ぼくの解答は赤本や予備校の模範解答とかなり一致した、ということ。つまり問題作成者の誤読が、赤本や受験生、さらには問題解答者(ぼく含む)に連鎖的に誤読を産ませたということだ。

 

欠点もないわけではない。特に気になったのが、扱う題材がやたらと時間の哲学に偏っているところ。入不二は各問題の主張を対比的に扱うことで、なんだか分野を偏らせた意義を出しているように見せてはいるが、はっきりいってたいして鋭い対比でもないと思う。だったらもっと幅広い(哲学の中の)分野から拾っていったほうがよかったのでは?

とはいえ、大変おもしろい哲学の入門書であることは間違いない。おすすめできます。