ここ20年ぐらいのオタクコンテンツの結晶/伴名練『なめらかな世界と、その敵』

なめらかな世界と、その敵

なめらかな世界と、その敵

 

 年刊日本SF傑作選によく載ってるなーという印象が強かった伴名練の短編集で、コアな国内SFファン待望の1冊だろう。おそろしいことに収録作6作中4作が傑作選収録で(いくつかはぼくも再読だった)、ちょっと尋常じゃないくらい濃い短編集になっている。ここ20年ぐらいのオタクコンテンツ(SF・ラノベ・アニメなど)の結晶みたいな短編集だった。

全体的な特徴としては、シンプルにエンタメの上手さが光る。非小説的な語り(手紙とか)を駆使したりして、丁度いいタイミングで真相を読者に提示するのが非常に巧み。またベタなエモ表現も洗練されており、よくよく考えるとベタではあるのに、あまりベタさを感じずに清々しく読める。あと、SF的な説明はかなり簡略化されており(「ホーリーアイアンメイデン」とかこれほんとにSFって言っていいのか)、SF設定を理解するのに脳のリソースを割く必要がなく、SF慣れしてなくても比較的読みやすいと思う。

 

以下個別の感想。
表題作「なめらかな世界と、その敵」はだいぶノリの軽い並行世界モノ。アイデアとしての新鮮さは特にないが、とにかく映像的に綺麗で素晴らしい。ラノベとかでよくある謎勝負シーンも、並行世界というスパイスを入れることで一気に読み応えのある描写になっている。
ゼロ年代の臨界点」は傑作選で既読。宇野常寛アレとかを想起させるSF批評っぽいタイトルで油断させておいて、まさかの偽文学史『ソヴィエト・ファンタスチカの歴史』みたいな感じで、意外性はあるがやや地味でもある。
……というのが初読時の感想だったんだけど、読み直して気づいたのは、この作品は単なる文学史にとどまらない歴史改変SFだということ。この作中世界では(よくある歴史改変SFと同様)ところどころ時代に不釣り合いなガジェットが登場しており、それがSFの発達によってもたらされたものであるかもしれないということが作中作『藤原家秘帖』の後編の内容で示唆されている。
そしてぼくがものすごく気になったのは、小説最後の注釈にこっそり書かれている、「また会うためには、世界を早めるほかなかったから」というシゲの最後の言葉。まあ単純に、SFを書くことでこの世界にタイムマシンを作ってまた富江と会いたいということではあるんだけど、『藤原家秘帖』後編と同様にシゲもタイムトラベルしてきたのでは? とも思った。だって未来にどういうことが起こるかわかってないと、「また会うためには、(タイムマシンが早く作られるように)世界を早めるほかなかったから」という言葉は出てこないような気がする。そう考えると、SF史というわりにタイムトラベルものの作品に偏っていることとか、作中に唯一出てきた論争がタイムパラドックスについての論争であることとかとも整合性がとれる。富江とおとらも多分タイムトラベルしている(未来に行ったか過去に行ったかはわからないけど)、という点も含め、非常に謎も多いがその分惹かれる作品。
「美亜羽へ贈る拳銃」も傑作選で既読。イーガン的なスペキュレイティブな問題意識をうまくSFに落とし込むだけでなく、恋愛小説としても十分に仕上げる力技。ある種のメタラノベとしても読める。伊藤計劃のオマージュもたっぷり。
やや踏み込んだ妄想。この短編の初出は同人誌なんだけど、その時は前半部分(p.112まで)のみの掲載であり、その後後編がWeb上に公開され、傑作選や本書ではそれら両方が収録されている(傑作選の解説にもそんな感じの経緯が書いてあったと記憶している)。ただ、これ前半だけを読んだとしても、まあある程度綺麗にまとまった短編小説として読めるんだよねえ。ただ、後編があるかないかで物語の印象が180°変わってくるが。
 ここで連想したのが伊藤計劃『虐殺器官』。伊藤は『虐殺器官』が信頼できない語り手であるというネタばらしをブログ上で行った。じゃあ「美亜羽へ贈る拳銃」の後編がWebで公開されて、それによって前編の印象が大きく変わるというのも、『虐殺器官』についての伊藤計劃の行動のオマージュなのでは?
ホーリーアイアンメイデン」は、既に死んだ妹から姉に怨念の籠もった手紙が届くという形式の勝利だろう。不穏な雰囲気がとても心地よい。情報を読者に提示するタイミングのコントロールもうまい。SFアイデアとしては弱いが、小説としては大満足。
「シンギュラリティ・ソヴィエト」は、アメリカが宇宙開発に勤しむ裏でソ連がAI開発を達成していたら……という歴史改変SF。なんだが、本編の面白さがあらすじの圧倒的な魅力に負けてると感じた。もちろんSFとしての良さや百合としての良さもあるが、正直本書収録の他の作品には負けていると思う。ただほんとにしょーもない脱力オチはちょっとおもしろかった。
書き下ろしの短編「ひかりより速く、ゆるやかに」も大傑作。途中までは「ある日、爆弾がおちてきて」とか「海を見る人」みたいなよくありがちな低速時間モノSFなんだけど、あることが明らかになると同時に物語の方向性がガラっと変わってしまって本当に衝撃を受けた。久しぶりに小説読んで涙出た。