『おにぎりスタッバー』の大澤めぐみが帰ってきた/大澤めぐみ『Y田A子に世界は難しい』

『おにぎりスタッバー』での圧倒的饒舌JK文体で鮮烈なデビューを果たした大澤めぐみだが、その後の大澤の小説では、その印象的な文体は鳴りを潜めていた。文体を非常にうまくコントロールできるという点では作家としての技量の現れではあるが、その一方で文体に衝撃を受けた読者にとっては物足りなさを感じるという面もあるだろう。

そんな『おにぎりスタッバー』の大澤めぐみが、久しぶりに帰ってきた。立て板に水ともいうべき饒舌JK文体が作中の要所要所で披露されており、たいへん読み心地がいい。ストーリーは、『おにぎりスタッバー』とは違って小綺麗にまとまっており、ベタではあるが読む人を選ばないと思う。

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たいへんしんどいADHDアイドルオタク小説/宇佐見りん『推し、燃ゆ』

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

たいへんしんどい小説である。主人公はおそらくADHDであり、そのためかかなり破滅的な人生を送っている。特に人間関係はかなりボロボロで、友達っぽい友達は1人ぐらい(しかもオタ友)しかおらず、家族との仲もかなり険悪だ。

そんな彼女の救いとなっているのは「推し」の存在だ。もちろん、アイドルに癒やされたりとかいった部分もあるのだろうけど、それより重要そうなのは、アイドルを推す中で得たネット上の人間関係だ。どうも彼女はそのクラスタの中ではそこそこ有名なようで、ブログだとかSNSだとかでオタ活を通じてコミュニケーションをとっている。「推しは背骨だ」という印象的なフレーズは、彼女が精神的にアイドルに支えられているというだけでなく、彼女の数少ない他人とのコミュニケーションの基盤になっているということでもある。

だからこそ、「推し」がアイドルをやめることは彼女を孤独にする。それに示し合わせたかのように、彼女は学校を退学し、実家を追い出され、バイトをクビになる。高校生から家族と学校とバイトとネットを取り上げたら、そりゃあほぼ完全な孤独になるだろう。ぼくは小説を読んでいるときにあまり感情移入をしない方だと思うんだけど、これに関してはかなり感情移入してしまい、かなり暗い気分になってしまった。

というわけで、よい小説です。今どきののアイドルオタクの生態を描いた風俗小説という側面もあるんだけど、それがわりとうまくADHD小説に貢献している。ただし『コンビニ人間』などとは違い、かなり救いのない小説なので、精神衛生には気をつけること。

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恐竜を飼うことに重点を置いたクラフトゲー/「ARK: Survival Evolved」

【PS4】ARK: Survival Evolved

【PS4】ARK: Survival Evolved

  • 発売日: 2017/10/26
  • メディア: Video Game
オープンワールドのクラフトゲーではあるんだが、まあ本作の魅力は、恐竜を飼うことにあるでしょう。恐竜を飼うことによって、さまざまな意味で「世界が広がる」感覚は、なかなか他のゲームでは味わえない。ただまあその弊害で難易度曲線がかなり極端になっていたりはするが。

あとはスリムにしてちくまプリマー新書に入れれば完璧/戸田山和久『教養の書』

教養の書

教養の書

戸田山和久による、実存が込められた「教養」の本。ギリシャ哲学から進化論や認知心理学まで、非常にさまざまな分野の上に「教養」を定義づけるという、気合の入った試み。教養という概念が持つ毒についても真摯に向き合っており、バランスがよい本となっている。ややハードな議論の割に砕けた文体なのは、やや好き嫌いは分かれるか。また、中高生~大学新入生に400ページの戸田山の議論を読ませるというのは、若干ハードな感じは否めない。250ページぐらいにしてちくまプリマー新書あたりに入れれば完璧だと思う。

いいからとっとと金よこせ!/松尾匡『左翼の逆襲』

前半はいつもの松尾の反緊縮アジ。とはいえ、歴史的な経緯の整理については、レフト3.0の失速までしっかり書いていて誠実さを感じる。

後半の方は、マルクスの再解釈による反緊縮の思想的裏付けみたいな話だが、正直反緊縮を裏付けているとは思えず、どちらかというと「御託はいいからとっとと金よこせ!」という思いが出てきてしまった。反緊縮は単なる経済政策なんじゃなくて新しい社会制度の構築云々という話が出てくるんだけど、まさにそういうお題目こそ、松尾がこの本の前半で批判してたレフト2.0のやっていたことなんじゃないかなー。さらにいうと、『この経済政策が民主主義を救う』以降の松尾の本では反緊縮の思想みたいな話はあまり出てこなかったところもあり、後付の理屈に見えてしまう。

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