書評

なんでミステリー作家がわたモテアンソロジーを!?/谷川ニコほか『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い! 小説アンソロジー』

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い! 小説アンソロジー (星海社 e-FICTIONS)作者:辻真先,青崎有吾,相沢沙呼,円居挽講談社Amazonいや普通さ、『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』の小説アンソロジーがあるって聞いたら、参加者のメンツっ…

なかなか読めない長期投資小説/羽田圭介『Phantom』

Phantom (文春e-book)作者:羽田 圭介文藝春秋Amazonおもしろいっすよ。長期株式投資という俗っぽすぎる題材を、うまく文学に組み込んでいる。羽田圭介は山崎元の影響でけっこう投資に詳しいようで、ディテールもまあまあしっかりしている。長期投資家といい…

差別的表現をメタフィクションで正当化するのはアリか?/川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』

ジュリアン・バトラーの真実の生涯作者:川本直河出書房新社Amazon巷でよく言われている、ブッキッシュな小説としてはちょっと微妙。ちょっと前にたまたま『本にだって雄と雌があります』を読んじゃったので嫌でも比較せざるを得ないんだけど、実在の小説家な…

選民思想は大阪風ユーモアで誤魔化せる/小田雅久仁『本にだって雄と雌があります』

本にだって雄と雌があります(新潮文庫)作者:小田 雅久仁新潮社Amazon大量の蔵書を置いておくと、2冊の本から新しい本が生まれるというファンタジー。題材上どうしてもペダンティックさや読書家的な選民思想色があらわれてしまうというのは避けられず、豊崎…

本格的で独創的な生物学SFを書き続けた石黒達昌の傑作選/石黒達昌『日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女』

日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女 (ハヤカワ文庫JA)作者:石黒 達昌早川書房Amazon伴名練が編集した、石黒達昌の傑作選。本人がファンブログを運営するほどのファンでもあるためか、セレクトには概ね納得がいく。強いていえば個人的には、蜂につきまと…

古栗の意外なアクティブさが垣間見える/木下古栗「木下古栗のカルチャー×食」

UOMO(ウオモ) 2018年 01 月号 [雑誌]集英社Amazon木下古栗が『UOMO』という男性向けファッション雑誌に連載していたエッセイ。「カルチャー」といわれるとぼくみたいな文化系はすぐ小説とかマンガとか映画とかを思い浮かべるけど、古栗がこの連載で扱う「カ…

『なめ敵』以降の伴名練を代表する大傑作/伴名練「百年文通 one hundred years distance」

コミック百合姫 2021年1月号[雑誌]作者:伴名 練,けーしん,雨水 汐,椋木 ななつ,竹嶋 えく,サブロウタ,はづき,樫風,なもり,ゆあま,阿東 里枝,未幡,田口 囁一,伊月 クロ,大沢 やよい,煮汁,志水 はつみ,SukeraSparo,黄井 ぴかち,しーめ,桜野 いつき,和泉 キリフ…

ゼロからトースターを作った狂人の記録/トーマス・トウェイツ『ゼロからトースターを作ってみた結果』

ゼロからトースターを作ってみた結果 (新潮文庫)作者:トーマス トウェイツ新潮社Amazonなんといっても著者の狂ったようなバイタリティがすごく、そのイカれっぷりが大変軽妙な筆致で綴られるので全編通して笑いっぱなしだった。そしてそれを通して、高度に発…

バズらせた早川の努力に感謝/劉慈欣『三体Ⅲ』

三体Ⅲ 死神永生 上作者:劉 慈欣早川書房Amazon三体Ⅲ 死神永生 下作者:劉 慈欣早川書房Amazon基本的な感想は、『Ⅱ』を読み終わったときとそこまで大きくは変わらず、まあまあおもしろかった。『Ⅲ』下巻の終盤はバカSF色がかなり強く、バカバカしさに思わず笑…

「孤城」というもうひとつの学校について/辻村深月『かがみの孤城』

かがみの孤城 上 (ポプラ文庫)作者:辻村深月ポプラ社Amazonかがみの孤城 下 (ポプラ文庫)作者:辻村深月ポプラ社Amazonこの小説に出てくる「孤城」は、一見するとファンタジーな空間ではあるが、フリースクールと同様、明らかに学校に馴染めなかった人向けの…

学際の見本/金森修『病魔という悪の物語』

病魔という悪の物語 ──チフスのメアリー (ちくまプリマー新書)作者:金森修筑摩書房Amazonこれは学際の見本だなあ。公衆衛生学であると同時にその科学史でもあり、歴史学の側面もあり、言語学やメディア学にも片足を突っ込んでいる。コロナ下の現在ということ…

一人の作家の小説を読むということ/栗原裕一郎、豊崎由美『石原慎太郎を読んでみた』

石原慎太郎を読んでみた ノーカット版 (中公文庫)作者:栗原裕一郎,豊崎由美中央公論新社Amazon特に栗原裕一郎の労力には脱帽。わざわざ石原慎太郎なんかのために国会図書館に通い詰めて、全集から埋もれた名作や駄作まで、丹念に一人の作家と向き合うという…

ジュブナイル文体でも森川の世界観は隠せない/森川智喜『踊る人形』

踊る人形 (講談社文庫)作者:森川智喜講談社Amazon森川智喜の「三途川理シリーズ」の3作目。今作のもっとも大きな特徴は、ジュブナイルミステリーのような文体だろう。本気でジュブナイルを書きたいわけではないというのはストーリーのブラックさからも伺える…

保険会社視点の保険金殺人モノって珍しいかも/貴志祐介『黒い家』

黒い家 (角川ホラー文庫)作者:貴志 祐介発売日: 2012/10/01メディア: Kindle版貴志祐介の日本ホラー小説大賞受賞作。何よりも、保険会社の視点から保険金殺人モノを書くというのが面白い。貴志は保険会社に勤めていたようなので、そこのディティールがしっか…

「デモクラシーの一概にはいえなさ」をそのまま書籍化した奇妙な本/杉田敦『デモクラシーの論じ方』

デモクラシーの論じ方 ――論争の政治 (ちくま新書)作者:杉田敦発売日: 2014/07/12メディア: Kindle版デモクラシーとはどのようなものか、というのは、思慮深い人であればまあ一概には答えられない疑問だと思う。本書は、そのような「デモクラシーの一概にはい…

『おにぎりスタッバー』の大澤めぐみが帰ってきた/大澤めぐみ『Y田A子に世界は難しい』

Y田A子に世界は難しい (光文社文庫)作者:大澤 めぐみ発売日: 2021/02/09メディア: Kindle版『おにぎりスタッバー』での圧倒的饒舌JK文体で鮮烈なデビューを果たした大澤めぐみだが、その後の大澤の小説では、その印象的な文体は鳴りを潜めていた。文体を非常…

たいへんしんどいADHDアイドルオタク小説/宇佐見りん『推し、燃ゆ』

推し、燃ゆ作者:宇佐見りん発売日: 2020/09/10メディア: Kindle版たいへんしんどい小説である。主人公はおそらくADHDであり、そのためかかなり破滅的な人生を送っている。特に人間関係はかなりボロボロで、友達っぽい友達は1人ぐらい(しかもオタ友)しかお…

あとはスリムにしてちくまプリマー新書に入れれば完璧/戸田山和久『教養の書』

教養の書作者:戸田山和久発売日: 2020/06/05メディア: Kindle版戸田山和久による、実存が込められた「教養」の本。ギリシャ哲学から進化論や認知心理学まで、非常にさまざまな分野の上に「教養」を定義づけるという、気合の入った試み。教養という概念が持つ…

いいからとっとと金よこせ!/松尾匡『左翼の逆襲』

左翼の逆襲 社会破壊に屈しないための経済学 (講談社現代新書)作者:松尾匡発売日: 2020/11/18メディア: Kindle版前半はいつもの松尾の反緊縮アジ。とはいえ、歴史的な経緯の整理については、レフト3.0の失速までしっかり書いていて誠実さを感じる。後半の方…

10年代の面白い日本SFを網羅するアンソロジー/大森望、伴名練編『2010年代SF傑作選(1・2)』

2010年代SF傑作選1 (ハヤカワ文庫JA)発売日: 2020/02/06メディア: 文庫2010年代SF傑作選2 (ハヤカワ文庫JA)発売日: 2020/02/06メディア: 文庫10年代の面白い日本SFを網羅しようという気概が感じられる。また、流石に傑作選を謳うだけあり、ある程度制約があ…

「○○っす」とジェンダー解体の意外なつながり/中村桃子『新敬語「マジヤバイっす」』

新敬語「マジヤバイっす」: 社会言語学の視点から作者:桃子, 中村発売日: 2020/03/12メディア: 単行本まず、「○○っす」という言葉遣いが、単なる教養のない若者の言葉というだけでなく、敬意と親しさの両方を表現する機能を持つというだけでもけっこう面白い…

風俗小説やメタミステリーとしてはだいぶ力作/辻真先『たかが殺人じゃないか』

たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説作者:辻 真先発売日: 2020/05/29メディア: Kindle版風俗小説やメタミステリーとして読むとだいぶ力作。戦後日本という舞台設定が単なる飾りにとどまっておらず、ミステリーという形式を成り立たせるものとなっている…

中島敦って実はめちゃくちゃ頭でっかちインテリ嫌いだったのでは?/中島敦「かめれおん日記」

中島敦 (ちくま日本文学 12)作者:中島 敦発売日: 2008/03/10メディア: 文庫佐野幹『「山月記」はなぜ国民教材となったのか』では、中島敦「山月記」は頭でっかちなインテリを批判するような教育的な意図があり、それが教科書に採択され続けてきた側面がある…

政治と宗教によって歪められてきた時間の歴史/リオフランク・ホルフォード‐ストレブンズ『暦と時間の歴史』

暦と時間の歴史 (サイエンス・パレット)作者:Leofranc Holford-Strevens発売日: 2013/09/26メディア: 新書主に暦の歴史に重点を置いた本。200ページの新書のわりにはだいぶ情報量が多い。若干ニッチさは否めないが、それでも年月日時というわれわれが当たり…

経営目線での分析が得意な飯田の本領発揮/飯田一史『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』

マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代 (星海社新書)作者:飯田 一史発売日: 2018/07/27メディア: 新書最近どんどん存在感を増しているマンガアプリの現状分析の本。各種マネタイズの手法についての鮮やかな分析は…

だいぶ不条理度高めの短編集/今村夏子『木になった亜沙』

木になった亜沙 (文春e-book)作者:今村 夏子発売日: 2020/04/06メディア: Kindle版『あひる』とか『むらさきのスカートの女』とかよりもだいぶ不条理度高め。今村夏子って基本的にはリアリズムの作家だと思っていたので意外だった。とはいえ面白い。表題作「…

いい意味で「実用的な自己啓発書」/千葉雅也『勉強の哲学』

勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版 (文春文庫)作者:千葉 雅也発売日: 2020/03/10メディア: Kindle版ドゥルーズだのラカンだのの言葉を安易に借りずに、自分の言葉で「勉強」とは何かを明確にしていく感じは、いい意味で古典的な哲学っぽいなと思った…

病気の複雑さを、「複雑なままわかりやすく」伝える本/市原真『どこからが病気なの?』

どこからが病気なの? (ちくまプリマー新書)作者:市原真発売日: 2020/01/17メディア: Kindle版病気の複雑さを、「複雑なままわかりやすく」伝えるという面白い本。病気は複雑なものだという視点から、そこから現実的な病気との付き合い方を探るという試みは…

「伝法的異世界」を気軽に(?)味わえる短編集/酉島伝法『オクトローグ』

オクトローグ 酉島伝法作品集成作者:酉島 伝法発売日: 2020/07/02メディア: Kindle版酉島伝法の短編集。短編でも、異形バリバリ造語ゴリゴリな「伝法的異世界」の魅力は遺憾なく発揮されている。『皆勤の徒』を絶賛積読中のぼくからすると、各短編が多くても…

ライトノベルも一手間加えれば不条理文学になる/西尾維新『ニンギョウがニンギョウ』

ニンギョウがニンギョウ (講談社ノベルス)作者:西尾維新発売日: 2016/10/14メディア: Kindle版「私には23人の妹がいて~」なんて一見するとただのクソみたいなライトノベルのようだが、文体を少し古めかしくして不条理要素を混ぜ合わせると、一気に不条理文…