佳作揃いの短編集だが、「Tシャツ」には及ばず/木下古栗『生成不純文学』

 

生成不純文学

生成不純文学

 

 去年発売された短編集『グローバライズ』が、テレビ番組「アメトーーク!」の読書芸人回で光浦靖子によって取り上げられたために、大変多くの読書マニアから叩かれることとなったことで知られる、木下古栗の最新刊。とはいっても収録作はひとつを除いて単行本未収録作品を集めたもの。傑作中の傑作である「Tシャツ」には遠く及ばないけど、まあ全体的に『グローバライズ』よりも出来は上なのでおすすめできます。

 

ぼくは『グローバライズ』はあまり出来の良くない作品集だと思っていて、もしかすると劣化したのでは? との疑念を抱かざるを得なかった。『グローバライズ』は文章自体はかなり読みやすい一方で、異様に凝ったディティール(≠読みづらい描写)などのザ・古栗といった感じの特徴が減っており、肩透かし感は否めないと思う。

でもこの作品集は、「泡沫の遺伝子」を除いて2011年~2014年に書かれたもので、いつもどおりの古栗という感じでまあ満足のいく出来だと思う(ちなみに、短編の並び順が2011年→2012年→未発表の蔵出し→2014年なので、もしかすると「泡沫の遺伝子」も2012年~2014年のあいだに書かれたものかもしれない)。『いい女vs.いい女』のときのような読みづらさもなく、しかし細部に拘りすぎることによる面白さなどといった古栗特有のナンセンスさがうまく活かされており、古栗の短編集のなかでも『金を払うから素手で殴らせてくれないか?』と同じくらいおすすめできる。ただし「Tシャツ」並の圧倒的な短編はないのが残念。

 

以下個別の感想。

「虹色ノート」は、宇宙飛行士とOLのパートは何が何だかよくわからないが、ノートに記述されたとされる「私」の語りはそこそこ面白い。弁当と大便についての異様に細かい描写はいかにも古栗といった感じ。ただしぼくは、古栗のウンコネタは非常に苦手なので、トータルだとそんなに好きじゃない。

茂木健一郎シリーズ(古栗がなぜか勝手にやってるシリーズで、一作目は『金を払うから素手で殴らせてくれないか?』収録の「IT業界 心の闇」)の第二作人間性の宝石 茂林健二郎」は、やはり変な話。古栗はよく「シニフィアンシニフィエの乖離した文章」という評価を受けることがある(豊崎由美noiseveryの言及を参照)が、佐藤優茂木健一郎のような「自称知識人」にもそういう語りの形式と語りの内容との乖離があるのだと思う(ソーカル事件とかに絡めて考えてもいい)。たぶんそういうものを批判するために古栗は佐藤優茂木健一郎を小説の元ネタにしていると思うんだけれど、この小説はそういった「自称知識人」の言論を古栗ワールドときれいに一致させていてかなりの出来。ついでに、本質的に意味のないものに対する大衆の反応も結構うまく書いていて笑ってしまう。ぼくもこうはならないようにしたい。

未発表作品である「泡沫の遺伝子」は、昔の古栗をエミュレートしたような内容だけど、読みやすさだけは今の古栗といった感じで割りと楽しめる。前半のどうでもいいことにやたらこだわる、でもちょっとだけ実生活でもありそうな描写に、「いい女vs.いい女」の郵政民営化パートを想起させるエセ評論文、そして飲尿を経由して、ラスト一行のとんでもない放り投げっぷりと、きれいにエミュレートされた古栗といった感じなのは長所ではあるが、そこに作為性を感じてしまうと短所にもなる。なお、何が「遺伝子」なのかはよくわからない。

最後に表題作の「生成不純文学」は、良いか悪いかはおいといて新境地。ソローキン的な平凡な風景→異常な空間を作中作として書いて、それをループモノっぽく重ねることでメタフィクションに落とし込んでいるんだけれども、その重ね方があまりにも稚拙で、コピペミスのような描写の矛盾が大量に発生しているというのはあまりにもバカバカしくて好き。本当にすごい発想だと思う。この短編集の中で一番好き。

 

 

 

 

2/26追記

 だそーです。「『Tシャツ』には及ばない」だの「『グローバライズ』よりはマシ」だの「まあ満足できるからおすすめ」だの、悪口まがいの暴言ばっかの記事を、そこもひっくるめて「愛のこもった」と形容するのはなかなか的確だと思った。