実用性の高い経済政策指南書なので、山本太郎以外も読んでくれれば……/松尾匡『この経済政策が民主主義を救う』

 

この経済政策が民主主義を救う: 安倍政権に勝てる対案

この経済政策が民主主義を救う: 安倍政権に勝てる対案

 

 読む前は、この本の内容はともかく、コンセプトについてはあまりいい印象を持ってなかった。副題が「安倍政権に勝てる対案」なのだから、ひたすら安倍政権よりもリフレ度の高い政策を提案する、全く正しいがあまりおもしろくない本だと思ってた。

ちがうんだね。この本はアベノミクスを、あくまでも安倍晋三が目標を達成するための手段だと評価する。そして、アベノミクスの効果を十分検討した上で、欧州左派の潮流などを踏まえつつ新しい野党のあり方を提案する。コンパクトにまとまってて実用性も高く、見通しもそれなりにすっきりした、いい本だと思う。

 

この本で一番オリジナルな主張は、アベノミクスはあくまでも安倍晋三が目標を達成するための手段だという主張だ。この文脈を採用することで松尾は、安倍政権が2014年4月に消費税を8%に引き上げてしまったことを説明可能にする。ぼくは、この説明はちょっとできすぎているような気もしていて、消費税を引き上げてしまったのは単に安倍ちゃんと黒田くんがトチ狂っただけなんだと思うけど、まあそういう説明もアリだろう。

また、アベノミクスでどれぐらい日本の景気が改善されたのかを説明するのもうまい。普通景気の良し悪しを判断する場合、失業率やGDP、あるいは倒産した会社の数なんかを参照すると思うんだけど、松尾はそれに加えて、児童ポルノの被害者の数やカロリー・タンパク質の摂取量なんかも引っ張ってくる! そしてどれを見ても、アベノミクスがそれなりの成果を上げたのは間違いない。この説得力はなかなか強力なものである。

そして最近の欧州左派政党の紹介としてもよくまとまってる。ときどき田中秀臣菊池誠とかが、「真の左派は経済成長を目指すものである」みたいな「理想の左派」論法を使うことがあるけど、ああいうのはそれだけだと基本的にオルタナファクトにしかならないと思う。左派を説得したいのであればここまでしっかり説明しなきゃ。そういう意味でもこの本は立派です。

 

欠点としては、なぜ民進党をはじめとする野党が経済成長路線をとらないのかという視点が欠けている。このへんは、稲葉振一郎『経済学という教養』のなかであれこれ考えてたと思うけど、あまりすっきりとした見通しは出せていない印象だった。今後のリフレ派は、なぜ野党が経済成長路線をとれないのか、という問題を検証していく必要があると思う。

あと、いちいち人名に「さん」をつけるのはなんなの? 「安倍晋三」って書くとネトウヨに「さんとつけろ!」とばかみたいな批判をされるからなのかもしれないけど、いちいち「アマルティア・センさん」とか「ポール・クルーグマンさん」とかうっとおしいだけ。

 

それでも、とりあえず政策を考える上での実用書としての性能はかなり高いです。山本太郎がだんだんまともになってきたのも頷ける一方で、アベノミクスの躍進をまったく止められない現状を嘆くべきなところもあり、むにゃむにゃ……。