プラグマティスト(≠ミニマリスト)が手元に残しておく本

プラグマティズム入門 (ちくま新書)

プラグマティズム入門 (ちくま新書)

 

 新品中古問わず、まだまだ紙の本を買うことが多いため、必然的に本棚は膨れ上がる。そうなっても普段は問題ないものの、引っ越しをするとなると膨大な蔵書は厄介な荷物と貸す。

本が大好きで自分の本棚が本で溢れかえっているのを人に見せたくて仕方がないタイプの人間であれば、それでも必死にがんばって全部の本をダンボールに詰めるのだろうが、ぼくはかなりプラグマティズムな人間なので(紙の本を買うことが多いのも、そっちのほうが安い、みたいな実用的な理由がある)、膨大な蔵書は単なる贅肉でしかないと思う。ちょうど来年の春から新生活が始まる(予定)というのもあって、最近ガッツリ本棚を整理した。

 

ところで、巷にはミニマリストが溢れかえっているが、彼らは「本なんて持っててもムダ! むしろ本棚がムダ!」みたいなことを言い出すだろう。お笑い芸人のカズレーザーは、本好きで有名なのにもかかわらず本棚を持っておらず、読み終わった本は適当に部屋に積み上げておいて定期的に売っているそうだ。

もちろんそのような態度が悪いわけではない。ぼくも彼らの姿勢には多少共感するところがある。しかし、本棚を整理していると、「プラグマティスト」と「ミニマリスト」の微妙な違いがなんとなくわかってきた。その微妙なニュアンスの違いを無視して断捨離を押しつけると、ちょっとした摩擦を生むだろう。

ということで、ぼく(プラグマティスト)が本棚を整理するにあたって採用した基準を書き留めておこうと思う。

 

 

①実用的な本

「プラグマティストが手元に残しておく本」の基準が「実用的な本」だと、一見トートロジーっぽくて変な感じはする。ただ、ミニマリストだとそもそも「実用的な本も必要なときは図書館で借りたり買い戻したりする」という方向に行きそうなので、厳密にはトートロジーではない(はず)。ぼくがブログで紹介したことある本だと、たとえば勝間和代『勝間式 超ロジカル家事』なんかは典型的な「実用的な本」だ。

なお、ここでいう「実用的」という言葉の意味は、実際のところかなり流動的であるということに注意。たとえば研究者であれば、それなりの頻度で参照する専門書は極めて「実用的」なはず。あるいは、趣味や仕事で文章を書く人にとっては、気取った引用でカッコつけるための小説(たとえばオーウェル『一九八四年』とか)や、経済学の教科書なんかは、十分「実用的」の部類に入るだろう。ぼくも、それを理由に『一九八四年』を処分しないことにした(ただし、誰もが知っているような本はネットに転がっていることも多い、というのが悩みどころ)。

勝間式 超ロジカル家事

勝間式 超ロジカル家事

 
一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

 
スティグリッツ入門経済学 第4版

スティグリッツ入門経済学 第4版

 

 

②他人に貸したい本

これまた変な基準。しかしぼくは、現代社会において紙の本を所有する最も大きなメリットは、 人に気軽に貸せる、というところにあると思う。そのため、「他人に貸したい本」を手元に残しておく、というのはとてもプラグマティックな考え方なはず。

ただややこしいのは、この「他人に貸したい本」という基準は、実はその人の交友関係の広さに左右される、ということである。たとえば、友達が多い人は、「この本買って読んだけどそんなに面白くなかったな……」という本でも、その本が話題作であれば持っておいて他人に貸して人間関係を構築する、ということができる。逆に、友達が少ない人は本を貸す回数も必然的に減るので、よっぽど好きな本以外は持っておく必要性は薄れる。

 

③貴重な本

 めちゃくちゃ好き、というわけでなくても、たとえばその本が絶版本であるとかサイン本であるとかは、手元に残しておく十分な理由になる。ぼくも殊能将之『キマイラの新しい城』などは、めちゃくちゃ好きというわけでもないんだけど処分しようとも思わなかった。

キマイラの新しい城 (講談社文庫)

キマイラの新しい城 (講談社文庫)

 

 

④完結していないシリーズ物

ぼくの経験上、持っている本を再読する理由のトップは、シリーズ物の続きが出たから、だ。というわけで、完結していないシリーズ物は手元に残しておいていいと思う。 

 ただし、『ONE PIECE』みたいにあまりにも長いと、持っておくのも考えもの。幸い人気漫画であれば読みたくなったときに漫画喫茶とかに行けばいいが、そんなに人気でもないのに巻数が多い、という場合は……。

ONE PIECE  1 (ジャンプ・コミックス)

ONE PIECE 1 (ジャンプ・コミックス)

 

 

⑤その他よっぽど好きな本

読書が好きな人なら誰しも、別に読み返すわけでもないし貴重でもないのに、どうしても捨てられない本、というのはあると思う。ミニマリストであれば「そんなものは幻想だ」というんだろうけど、ぼくはそんなにカリカリしないでもいいのでは? と思う。 

あと、この基準は②の「他人に貸したい本」と重なるところが多いのだけど、一部例外もある。たとえばぼくは、早坂吝の「援交探偵シリーズ」が大好きなのだけど、よっぽど相手の趣味をわかっている場合でないと、ぼくはこの本を貸したくない。貸すと人格を疑われる本というのもこの世の中には存在するのだ。

○○○○○○○○殺人事件 (講談社文庫)

○○○○○○○○殺人事件 (講談社文庫)

 

 

まあ最終的には本棚の大きさと相談で

とはいえ、普段からあまり必死に本棚を整理するのもそれはそれで時間の無駄。本棚の体積はどんなに時間が経とうが一定なので、カリカリする必要はない。

でも、本棚が全部埋まってしまいました、という場合や、引っ越しをする場合は別。わざわざ高い金払って新しくでかい本棚を買う価値はあるか? とか、わざわざダンボールに詰めるだけの価値はあるか? とかは、自問自答していいだろう。

 

それ以外の本は処分する

ぼくはそれ以外の本は処分した。

一部の本が大好きな人たちは、ここまで「手元に残しておく理由」を挙げても、「えー本を処分しちゃうの?」と思うかもしれない。でも、そういう人は自分の本棚の、再読したことのある本の割合を数えてみるといい。きっと、思っていたより少なくてびっくりするから。あと、個人的には、実用的という基準に沿って本棚の整理をしていくという行為は、本というものの現代的な役割について考える上で有益だと思う。それでも本は処分できない、というのであればお好きにどうぞ。