当代最高のSF作家の、オーソドックスなSF短編集/テッド・チャン『息吹』

息吹

息吹

当代最高のSF作家テッド・チャンの、17年ぶりに刊行された第2短編集。オーソドックスなテーマを扱いながら、チャン流の文学的な味付けと情報の圧縮により、大変キレのある短編揃いとなっている。

ひとつだけ気になったのは、『あなたの人生の物語』との方向性の違いか。『あなたの人生の物語』はとてもすばらしい短編集なんだけど、かなり変な小説も多かった。それと比較すると本書に収録された小説はかなり正統派SFが多いように思う。単純にぼくの好みとしては変な小説のほうが好きかなあ。でも短編の完成度はどちらも高いです。


以下個別の感想。

「商人と錬金術師の門」は、「あなたの人生の物語」のテーマをタイムスリップに絡めて、アラビア趣味で味付けした感じの短編。過去/未来を変えることのできないタイムスリップSFということで普通ならつまらなくなりそうだが、ちゃんと面白くできてる。

表題作「息吹」はチャンが全力で書いたハードSFという感じ(チャンって小説として全力を出すことはよくあるけど、ハードSF方向に全力を出すことはあんまないという印象があるので……)。まったく別の宇宙に生きるロボットの構造とその崩壊がわずか20ページに凝縮されている。SFとしての完成度の高さならこれぐらいの小説は他にもあるが、この高密度っぷりは、ああチャンだなという感じ。ちょっとロボットが可愛いのもいい。

「予期される未来」は不思議な掌編で、話としてはマセた中学生でも思いつけるような話なんだけど、オプティミズムとペシミズムの入り混じった独特の読後感がある。「商人〜」や「あなたの〜」のテーマの要約ともいえる。

「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」はやや緩慢な感じの中編で、キレのある他の短編と並べてしまうとちょっとつらい。AIロボットがやたらとかわいいのはよかった。

「デイシー式全自動ナニー」偽史モノ・家族モノのとしてすごく面白く読めたが、何が書かれているのかはよくわからなかった。「愛情による教育」に対する反発という風に読むのはちょっと単純すぎる。性差別批判もあるとは思うが、小説の構造とはあんまり噛み合っていないのでメインテーマではない気がする。偽史の中で架空の展覧会の話をするという相当変な構造だし、チャンは小説にかなりわかりづらい含みを持たせることもある(「ゼロで割る」とか)ので、何かありそうなんだが、ぼくでは歯が立たなかった。うーんまあでも企画で書いた短編みたいだし、あんま深く考える必要もないのかなあ。

「偽りのない事実、偽りのない気持ち」はテクノロジーによる認識の変容ネタであると同時に、「小説」家としてのチャンの本領が最も発揮された作品だと思った。両要素とも「あなたの〜」を彷彿とさせるが、ほどよい長さにまとまっている。ライフログネタがちょっと定番気味ではあるのが玉に瑕か。ちなみにぼくは、安倍政権のことを考えながら読みました。

「大いなる沈黙」は、うーんまあ小品。絶滅「危惧種」のオウムというのがまた微妙で、あまりエモーションをかきたてられない。それならいっそ、オウム絶滅後30年ぐらい経ってから、オウムからの最後のメッセージが届くみたいな形のほうがいいような。

「オムファロス」は、これだよこれこのわけわかんない感じこそチャンだよ、と強く感じた一作。「七十二文字」を彷彿とさせるヘンテコな世界観に魅了された。この短編集の中で一番好きかも。

「不安は自由のめまい」は、並行世界の自分と情報のやり取りができる技術というアイデア自体はそこまで驚きでもないが、その技術に翻弄されたり依存したりする人を「複数人」描くというのは新しいかも。群像劇プラス世界観の説明をうまいこと60ページにねじ込めているという印象。

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)