- 作者:スタニスワフ レム
- 発売日: 1998/02/01
- メディア: 単行本
全般
・要は「人間とは違った在り方の知性」の話。「架空の序文集」という頻繁に言及されがちな肩書は、実はそこまで本質的なものではないと思う。
・この小説がメタフィクショナルな形式で書かれていることの必然性はあまりよくわからない。基本的にはレム自身が序文で述べている通り、ただの省エネと考えていいかなあ。
・タイトルになっている「虚数」の意味はよくわからない。
序文
・この文章、現実世界のレムによる序文と解釈していいんだよね? 深読みして、これらの架空の本とかがある世界の、『虚数』編者による序文かなとか考えたけど、たぶんそこまでややこしくはなさそう。
・「そんな風によくよく考えてみれば、作品の序文の他に、序文としての作品というものも存在することがわかるはずだ」(p.13)
この小説が単なるお遊びではなく、がっつりレムの思想に基づいた作品であることの表明?
『ネクロビア』
・人がセックスしている様子とかをレントゲンで撮影した写真集、の序文。
・これだけ、どういう含みがあるのかまじでわからない。他の文章のテーマとかなりずれている気がしてかなり不自然。生々しい肉体を剥ぎ取って、人間もモノであることを強調してるような感じ?
『エルンティク』
・細菌に人為淘汰をかけて言語を覚えさせた学者の本、の序文。
・ウィルスが新しい薬に対して耐性をつける、というのを未来予知と結びつける発想の飛躍の仕方が好き。冷静に考えれば、蚊とかゴキブリとかだって耐性つけるじゃん、というツッコミはありうるが。
・細菌の集団に対して淘汰をかけることができるか、というのは進化論的に微妙なライン。群淘汰っぽい話でだいぶ怪しくも見える。
・細菌自体は自分の表してる言語を理解してないが、人間に対して情報を伝達できる、というのは「中国語の部屋」っぽいのでそこが元ネタかなー……と思ったんだけど、サールの中国語の部屋論文が1980年なのでこっちのほうが先。うへーすげえ。
・「予知」という言葉が使われているので、細菌が持っているのは超自然的な能力のように見えるが、「未来予測」と考えるとだいぶ演算っぽくなり、知性の延長感が出てくる。われわれ人間も、精度とかを度外視すれば「未来予知」できないわけではないので。
『ビット文学の歴史』
・人工知能が書いた文学についての辞典っぽい本、の序文。
・レムが書く架空の学問の歴史は本当に面白い。『ソラリス』でも、ソラリス学の歴史について書いているところが一番面白かったと思う。
・人工知能による造語の紹介(p.74-76)は訳者の苦労がにじみ出てて良い。原文読んでないけど。
・ここのパートで出てくる人工知能の名前が『ヴェストランド・エクステロペディア』や『GOLEM ⅩⅣ』に出てこないのが気になる。『GOLEM ⅩⅣ』と『虚数』の直接的なつながりはないのでは、とぼくが思った最大の理由がここ。
『ヴェストランド・エクステロペディア』
・未来予測をもとに未来の言葉を掲載した百科事典、の宣伝チラシ。
・なんでここだけ横書きになっているのかよくわからない。チラシだって百科事典だって、日本語なら縦書きのものもあるでしょ。そのせいで目次が使いづらい。ちなみに英訳版では横書きだった。
・ちょこちょこGOLEMについての言及があるので、このパートは『GOLEM ⅩⅣ』と直接つながっているといっていいと思う。
・演算装置による未来予測というテーマが『エルンティク』と共通している。また、別の知性の言葉は人間の言語からかけ離れたものになるという部分は『ビット文学の歴史』とうっすらつながっている。
・「母ちゃん」の項目に「2.子供を生んだ女(この意味では廃語)。」(p.109)とあるのは、2190年ごろには人間あるいは生物はすべて絶滅していると予測されていることの暗示?