日本SFの臨界点[恋愛篇] 死んだ恋人からの手紙 (ハヤカワ文庫JA)
- 発売日: 2020/07/16
- メディア: Kindle版
日本SFの臨界点[怪奇篇] ちまみれ家族 (ハヤカワ文庫JA)
- 発売日: 2020/07/16
- メディア: Kindle版
一方『怪奇篇』については、「SF史の闇に葬られていたバカSF」色が強め(もちろんそうでないのも何作かあるけど)。おどろおどろしさとかよりも奇想のほうが目立っており、かなりアクの強いアンソロジーとなっている。ぼく自身も、平均的には『恋愛篇』のほうが楽しめた。
以下、気になった作品についての個別の感想。
『恋愛篇』では、中井紀夫「死んだ恋人からの手紙」は、ほぼほぼチャン「あなたの人生の物語」と同じ構造。ただし、あちらがサピア=ウォーフ説や変分原理を援用した綿密な大ボラ話であり、なおかつ決定論的な世界観のもとにある、わりと絶望感のある小説であるのに対し、こちらは手堅くまとまりつつ爽やかな読後感という印象。ぼくはどちらも好き。
高野史緒「G線上のアリア」は猛烈に面白い歴史改変SFで、近世のしっとりとした雰囲気に突然「電話」というガジェットがぶち込まれる感じがたまらない。音楽家と歌手との対比というサブテーマも、音声のデジタル化という形でうまいこと回収していて、短編としてもとても出来が良い。惜しむらくは恋愛小説としては毒にも薬にもならない感じで、恋愛要素が一応あることを口実にアンソロジーにねじ込んだ感は否めない。
その他だと、大樹連司「劇画・セカイ系」は大樹らしく皮肉っぽいメタラノベ。小田雅久仁「人生、信号待ち」はマジックリアリズムっぽい内容とかなり軽い語り口という組み合わせが独特に感じた。円城塔「ムーンシャイン」は円城初期作品らしくだいぶとっつきづらい題材。途中まではかなりおもしろく読んだんだけどオチがよくわからなかった。
『怪奇篇』では、なんといっても石黒達昌「雪女」がよかった。報告書という石黒達昌お得意の形式と、雪女というキャッチーな題材のあわせ技で、非常にとっつきやすくも石黒らしい作品となっている。
その他には、岡崎弘明「ぎゅうぎゅう」は、『怪奇篇』他作と同様のバカSFっぽい話から出発しているにも関わらず、綺麗に短編小説としてオチをつけていて非常に好印象。森岡浩之「A Boy Meets A Girl」は翼を持って宇宙空間を飛び回る生物というかなり無茶な設定をうまいことまとめており、なおかつ『恋愛篇』に入っていてもおかしくないような美しい話にもなっている。