酉島伝法「環刑錮」読書メモ

オクトローグ 酉島伝法作品集成

オクトローグ 酉島伝法作品集成

酉島伝法「環刑錮」(『オクトローグ』早川書房、2020年)の読書メモ



主要登場人物

・洲本赳志……主人公。父の正赳を殺害した容疑で環刑囚となる。環刑囚としての略式番号は八一九。
・洲本正赳……赳志の父親。環刑錮の開発に携わる。
・赳志の母……赳志の母親。蛻者のコミュニティに入って井辻を探している。
・洲本紗代……赳志の妹。10歳のときに亡くなっている。
・井辻……己媒者。元蛻者。赳志の公判の際に、赳志に深層聴取を行った。
・一二二四……環刑囚。己媒者。赳志に思紋同調を行う。
・自称赳志……己媒者。井辻を刺殺して蛻窟の監房に囚われた。

用語集
用語 意味
環刑錮 人間をミミズのような状態にする刑罰。
思紋 個人の神経回路網の総体。
元ネタは「指紋」。
人それぞれの思考をidentifyするといったようなニュアンスがある?
己媒者 脳神経網(≒思紋?)が過剰分岐した人間。
器質性の疾患で思紋同調(他人の思紋とシンクロすること?)してしまう。
深層聴取 己媒者が思紋同調することを利用して、己媒者(≒被疑者)から事情聴取を行うこと。
「イド掘り」とも。「イド」は井戸の他に、フロイトのイドが元ネタか。
黴寇 未知のウィルスの蔓延? 生物兵器を使った戦争?
主な症状として四肢の萎凋があり、その治療のために四肢を再生させる技術が発展した。
物語の時点より40年ほど前に発生した。
黴:カビ、黒ずむこと。黴菌(バイキン)の黴。梅毒も「黴毒」と書くことがあるらしい。
寇:「侵略する」の意。元寇刀伊の入寇など。
国土再生省 汚染された土壌(黴寇が原因?)を再生させる省?
洲本正赳が所属していた組織。
環刑錮の研究開発を行った。
累單識 服型のウェアラブル端末のようなもの?
多重的な知覚認識を可能にする。
ライフログを記録する機能がある。
「單」は十二単の「単」?
裳漿 頭蓋に注入(履初め)することで、脳と累單識をつなぐ液体。
認証機能を持つ。
裳:十二単の一部。
二單 累單識の一部?
黙った状態でもコミュニケーションを取れる機能がある。
文字によるものなのか念話のようなものなのかは不明。
汎寸図(地図?)機能がある。
三單 累單識の一部?
ARを表示する機能を持つ?
無象鎖 思紋による実態のない鎖のようなもの?
環刑囚同士の無象鎖を繋いで、環刑囚の移動範囲を制限している。
思紋による鎖のため、思紋同調を行うことにより制限が解除される場合がある。
元ネタは「無造作」。
叉任哨 環刑錮となった人間が持つ制御系。
脳がなくても下等生物として動くことができる。
元ネタは「三人称」? 叉任哨に正赳へと戻る復戻式があるとすれば、なんとなくそれは三人称っぽいと思う。
蛻者 裳漿を注入していない人のこと。
差別的な扱いを受けていると思われ、ゴミの分別屋などを仕事としている。
蛻窟と呼ばれる場所(洞窟?)に住んでおり、蛻者によるコミュニティが存在する。
蛻:抜け殻などの意。裳漿が入っておらず空っぽ、といったような意味合い?
復戻 環刑錮から人間に戻ること。
完全な人間に戻るわけではなく、作中では体の一部分が戻る例しか存在しない。
井辻について

・正赳殺害の真犯人は井辻。井辻は連続殺人を行っており、その中で正赳を殺害した(p.41)。

・検察官は「裳漿を持つ外部の人間が、認証なく他人の家に忍び込むことは不可能だ」(p.11)といっているが、井辻は元蛻者(p.41)で裳漿を持たないため侵入可能(ここらへんの仕掛けは伊藤計劃『ハーモニー』っぽい)。

・井辻による深層聴取では、赳志が描いたバイオリン虫の絵を正赳が破るというエピソード(p.8)が語られるが、赳志の母は、紗代が描いたバイオリン虫の絵を赳志が破った(p.27)と言っている。このことからわかる通り、井辻による深層聴取には嘘が混じっている。井辻は深層聴取を行う己媒者として嘘の自白を行うことで、赳志に正赳殺害の濡れ衣を着せたのではないか?

蛻窟の監房に囚われていた自称赳志について

・自称赳志は己媒者と思われるため、井辻経由で赳志に思紋同調した? そして、赳志として井辻を刺殺した?(ぶっちゃけ、赳志の母の蛻者訛りの語りをぼくが解釈し間違えているかもしれないので、ここらへんは微妙に間違っているかもしれない……)

・「はらしたんだ」(p.41)というセリフは、赳志が濡れ衣を着せられた恨みを晴らしたということ? それとも濡れ衣を晴らしたということ? あるいはダブルミーニング

洲本正赳について

・赳志の母が雇っている家政婦が目撃した「頭も性器もない人間」(p.40)は、脱獄して不完全に復戻した赳志と思われるが、そのことを赳志の母は「そあが父さんのやな、あんたのやな気が強まあてね……」(p.40)と表現している。標準語に戻すと「それが父さん(=正赳)のような、あんた(=赳志)のような気がしてきてね……」といった感じだろうか。赳志のような気がするというのはわかるが、正赳のような気がするというのは変。

・赳志が脱獄をする前後で、なぜか正赳の記憶を持っている(p.31-32、36-38)。また、「叉任哨に宿る父の過去を生きなおす」(p.39)とも表現されている。

・8章での看守たちの会話の中で、叉任哨の中に非正規の復戻式が組み込まれており、それを組み込んだのは環刑錮の開発者だということが語られている(p.43)。「制御系に冗長性がありすぎる」(p.22)というのも、非正規の復戻式のせいだと思われる。

・以上のことから考えると、正赳は叉任哨の中に、正赳へと戻る復戻式を組み込んだのではないか?

・第六終身刑務所以外の終身刑務所でも復戻による脱走が発生している(p.43)ため、赳志だけではなくすべての環刑錮に正赳へと戻る復戻式が組み込まれていると思われる。

・正赳の研究の成果で、赳志の母は若い容姿を保ったままである(p.16)とある。正赳の研究は不老不死の研究ではないか? 「正赳へと戻る復戻式」も、もし完全に正赳へと戻れるとすればある種の不老不死である(実際には不完全なものだったが)。

・正赳は、環刑錮の開発に関わった理由について「逃げ切ったはずのものに追いつかれたからだ」(p.11)と言っている。赳志は「四肢の再生技術が、四肢のない環刑錮の基盤となったことを指していたのだろうか」(p.11)と解釈しているが、環刑錮の開発に関わった理由としてはしっくりこないような気がするので、ミスリードと思われる。「逃げ切ったはずのもの」とは、正赳が黴寇で死にかけながらも生き延びたこと、「追いつかれた」は歳をとって死が近づいてきたことを指す?

・黴寇が起こったとき、正赳は小学生ぐらいの年齢だと思われる(p.37-39)。黴寇が起こったのは、赳志の公判の40年ほど前(p.10)のため、正赳の死亡時点での年齢は50歳前後ぐらいか。死が近づいてきたと感じてきてもおかしくはなさそう。

その他

・なぜ尊属殺人罪が再び設けられた(p.8)のか? 黴寇と親殺しとの関連性が疑われた(p.10)ことがきっかけ?

・黴寇とは何か? 普通に読むと未知のウィルスが蔓延したかのような現象だが、「大戦」と表現されたり(p.9)、「寇」という字を使ったりしている。生物兵器による戦争とも捉えられるが、そうだとすると戦争を仕掛けた国のことが明らかになっていないのは不自然。

・「腹を痛めて産まない」(p.9)というのは、無痛分娩が広まったということ? それとも出産以外の方法で子供を作る技術が発展している?

・環刑錮には、終身刑としての意味のほかに、汚染された土壌を浄化させる役割があると思われる。環刑錮は国土再生省の元で開発された(p.10)。赳志が土を食べ続けていると「体内に蓄積した土の汚染物質の濃縮塊」(p.14)ができる程度には土壌が汚染している。また、赳志の母曰く「(植物を)地面にじかに植えられない」(p.16)。

・赳志が赳志の友人のふりをしたところ、正赳が騙されてしまうというエピソードがあるが、「両のほっぺに綿詰めて、こめかみにセロハンテープ貼って目をつりあげ」(p.17)ただけで騙されるというのはいくらなんでも不自然すぎるのではないか?

・正赳が赳志に砂粒の拡大写真を見せたとき、赳志は正赳のことを「おじさん」と呼んでいる(p.20)が、これは赳志が赳志の友人のふりをしているため。

・赳志の母が探していた、赳志の道具箱に入っていた剪定バサミ(p.16-17)が、7章でテーブルの上に置かれていた(p.40)のは、復戻した赳志が出して置いてあげたのだと思う(いい話だ……)。

・8章での看守たちの会話の最後3行(p.43)は、1章で赳志が聞いた看守たちの会話(p.13)と一言一句一致している。普通に考えれば、会話が一言一句一致しているということは同一の会話だと思われる。だとすると、1章と8章は同一時点? しかし、そうだとすると1章で赳志が環刑錮のままであることの説明がつかない。1章の語り手が赳志ではない(思紋同調のせいで自分を赳志だと思いこんでいる)可能性も考えたが、矛盾のない解釈は思い浮かばなかった。1章の看守たちの会話の前に「……だらけのウミウシみたいな犬を飼ってる近所の家……親殺しがあったんです……そこのお祖父さんに、ここの待遇はどうなんだって聞かれまして」(p.13)という看守のセリフ(?)があり、これは8章にはないので、ぼくの深読みのしすぎか。

・なぜ赳志の母の名前は明かされないのか?

・洲本紗代の死因は?