「伝法的異世界」を気軽に(?)味わえる短編集/酉島伝法『オクトローグ』

オクトローグ 酉島伝法作品集成

オクトローグ 酉島伝法作品集成

酉島伝法の短編集。短編でも、異形バリバリ造語ゴリゴリな「伝法的異世界」の魅力は遺憾なく発揮されている。『皆勤の徒』を絶賛積読中のぼくからすると、各短編が多くても60ページ程度の分量のため、挫折せずに伝法的異世界を気軽に楽しめると思った。




以下、個別の短編の感想(ネタバレあり)。








「環刑錮」は、酉島伝法入門ともいうべき小説。基本的にはミミズ人間視点からの語りではあるが、看守の言葉や過去の回想がまともな語りなので、酉島の小説の中でも比較的情景が頭に浮かびやすい。これを巻頭に配置するという判断はすばらしいと思う。ただこの小説、実はかなりややこしい小説である可能性がある(詳細はここ)。

「金星の蟲」は伝法的異世界転生小説。我々の生きている世界から伝法的異世界への転生を描いた、非常に面白い短編。オルタナファクトものとしても読めるかも。

「痕の祀り」は、『多々良島ふたたび ウルトラ怪獣アンソロジー』(ハヤカワ文庫JA、2018年)に収録されたトリビュート小説。一般に酉島の小説では造語から元ネタを推測するのがとてもおもしろいのだけど、この短編はその元ネタがほとんどウルトラマンネタのため、ウルトラマンを知らないぼくからすると元ネタの読みこぼしがありそう。とはいえ(後述の「堕天の塔」とは異なり)ウルトラマンを知らなくてもなんとか読めなくもないとは思う。また、「金星の蟲」とは対照的な、伝法的異世界からウルトラマン世界(≒我々の世界)への帰還を描いた作品ともいえるため、単なるトリビュートで片付けられる作品ではないと思う。

「橡」はだいぶ小品。幽霊が存在する世界で人類が絶滅した、という設定はちょっと珍しくておもしろいが、いかんせん短すぎる。

ブロッコリー神殿」はとんでもない傑作。異常な生態系の星を人(?)が調査するという古典的なSFではあるのだが、それを「異常な生態系」側からの視点で描くという独自性がある。そして、異常な生態系が伝法的な手法で描かれているというのに加えて、調査する側の人(?)は最初は我々と同じような人っぽく描かれていたのが、実はめちゃくちゃ異形であるという叙述トリックに片足突っ込んだの仕掛けがあり、さらにメタフィクションめいたガジェットまでぶち込んでいてもうめちゃくちゃ。それをわずか50ページの中に詰め込む酉島の豪腕っぷりに敬服。

「堕天の塔」は『BLAME! THE ANTHOLOGY』(ハヤカワ文庫JA、2017年)に収録された小説。他の小説よりもかなり常識的な文章だが、ぼくが『BLAME!』を未読のためちんぷんかんぷんだった。『BLAME!』を読んだ後に再読したい。

「彗星狩り」は、酉島にしては珍しく鉱物チックな生物を題材にした小説。いつもの生々しさはなく、酉島特有の魅力は削がれているが、ジュブナイル的なストーリーとは相性がよく、酉島の小説にはあるまじき爽やかな読後感となっている(とはいえ、「伝法的ジュブナイル小説」もちょっと読んでみたい気はするが……)。これも酉島伝法初心者におすすめ。

「クリプトプラズム」はだいぶ普通のSF小説。造語の面白さなどがかなり少ないため物足りない。ただまあ、「ブロッコリー神殿」と同一世界観のようで、「ブロッコリー神殿」単体だと理解しづらかった設定の一部が理解できたのはよかった。

皆勤の徒 (創元SF文庫)

皆勤の徒 (創元SF文庫)