バズらせた早川の努力に感謝/劉慈欣『三体Ⅲ』

基本的な感想は、『Ⅱ』を読み終わったときとそこまで大きくは変わらず、まあまあおもしろかった。『Ⅲ』下巻の終盤はバカSF色がかなり強く、バカバカしさに思わず笑ってしまう。また、暗黒領域計画などの理屈が非常によく、あらためてアイデア部分の新鮮さを感じた。よくよく思い返してみれば、面壁計画や黒暗森林理論などもアイデアとして秀逸だったなあ。あと個人的な好みではあるが、随所に挿入される作中作『時の外の過去』からの抜粋も、今話題の異常論文感があってよかった。

その一方で、女性周り、特に第1部での程心のキャラ造形にはだいぶ違和感がある。雲天明はほとんど話したことのない程心に恒星をプレゼントするようなキモ男(これは妙に生々しくてかえってリアリティがある)なのだが、それに対する程心の反応はそれこそオタクの妄想みたいな感じでしっくりこない。「理想の女性」という意味では『Ⅱ』の羅輯の妻もそんな感じだったが、あれは羅輯の愚かさを表現する上で効果的だったのに対して、『Ⅲ』では批評性のかけらもないという感じ。あとたいへん魅力的なキャラでもある史強くんがいないのは非常に残念。

というのが『三体』自体の感想ではあるんだが、それとは別に、早川書房と訳者陣の努力には拍手を贈りたい。『Ⅰ』のバズりはやや偶然もあったとは思うが、その流れにちゃんと乗っかってなかなかのハイペースで3巻5冊を翻訳し切ったのは、世の中にSFを広めようという真剣な思いを感じた。