木下古栗「天使たちの野合」が『変愛小説集 日本作家編』文庫版から削除されているのは講談社とトラブったため?

木下古栗は単著に収録されてない短編小説が大量にあるのだけれど、その1つが岸本佐知子編『変愛小説集 日本作家編』(講談社、2014年)に収録されている「天使たちの野合」だ。なのだけど、この短編、実は文庫版では未収録となっている。編者の岸本佐知子曰く「文庫化に際して、一部再録のかなわなかった作品がある」(岸本佐知子「文庫版あとがき」『変愛小説集 日本作家編』講談社文庫、2018年、p.286)とのこと。

でまあどうせ古栗のことなんだからくだらない下ネタ書いてカットになったんだろ、と思った方もいるかも知れないが、「天使たちの野合」は古栗の中でも比較的下ネタの少ない小説である。また岸本佐知子もけっこうな古栗ファンで『金を払うから素手で殴らせてくれないか?』の帯文まで書いているため、編者の意向などで未収録というのは考えづらい。なので、この事実を知ったときからずっと不思議だなーと思っていた。


だが最近、偶然にもその真相っぽいものを発見した。『UOMO』というファッション雑誌で連載されている古栗のエッセイ「木下古栗のカルチャー×食」のVol.22(『UOMO』2019年10月号)で、古栗がある文芸誌の編集長および編集者とトラブルがあったことを告白しているのだ。その編集者には、自作をまともに読んでもらえずボツにされ、挙げ句ちゃんとしたボツ理由の説明すらしてもらえないといった、問題のある対応をされたとのこと。最終的に「この会社の文芸書は長らく読んでおらず、今後も一切読むことはない。それ以外の本も古本・図書館で済ませている」(木下古栗「木下古栗のカルチャー×食」Vol.22『UOMO』2019年10月号、p.197)とまで言っているので、確執は相当なものなのだろう。

エッセイの中で、古栗は具体的な出版社名を挙げてはいない。だが、作品リストを眺めているとある程度想像はつく。まず、現在も連載を持っている集英社の『すばる』と、このエッセイよりも後に『サピエンス前戯』を刊行している河出書房新社の『文藝』ではない。5大文芸誌だと残りは『文學界』『新潮』『群像』だが、『文學界』と『新潮』はそれぞれ1度しか作品を載せておらず、可能性はあるが特に不自然というわけでもない。

では『群像』はというと、これがめちゃくちゃ不自然なのである。『群像』は古栗に新人賞を与えた雑誌であるにもかかわらず、2016年4月刊行のアンソロジー『文学2016』以降、古栗は1度も講談社の本に文章を書いていない。また、古栗人気が徐々に高まってきており、ある程度の稼ぎは見込める作家であると思われるのに、『いい女vsいい女』は絶版、『金を払うから素手で殴らせてくれないか?』は文庫化せず、『群像』初出で単著未収録の作品が6作もある。そしてとどめに『変愛小説集 日本作家編』文庫版での「天使たちの野合」未収録。

これもう講談社とトラブっただろ、と言い切ってしまいたいが、一応確実な証拠があるわけではない。なので、みなさんも「木下古栗のカルチャー×食」を読んだ上で自分で判断してください。