今年の10冊(2021)

2021年に読んだ、印象に残った本およびその印象のまとめ(小説とノンフィクションをそれぞれ10冊ずつ)。


小説編

今年のベストは伴名練「百年文通 one hundred years distance」(『コミック百合姫』2021年1月号-2021年12月号)。『コミック百合姫』の表紙に掲載という特殊な形式での連載だが、ここ2年ぐらいの伴名練の小説では最も気合が入っている。エンタメとしてもSFとしても時事ネタとしても極めて上質に仕上がっており、『なめらかな世界と、その敵』以降の伴名練の代表作ともいえる傑作だ。

その他のSFでは、小田雅久仁『本にだって雄と雌があります』(新潮文庫、2015年)は架空の本を巡るマジックリアリズムクロニクル。大森望、伴名練編『2010年代SF傑作選(1・2)』(ハヤカワ文庫JA、2020年)は2010年代のSF史が一望できる、初心者向けとしてとても手に取りやすいアンソロジー酉島伝法『オクトローグ』(早川書房、2020年)はとっつきづらい酉島伝法の異世界感を比較的気軽に楽しめる。石黒達昌『日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女』(ハヤカワ文庫JA、2021年)は、入手しづらい石黒達昌の傑作群がまとまっておりお得。アメリカでも日本でも大人気の巨編『三体』シリーズの最終作劉慈欣『三体Ⅲ(上・下)』(早川書房、2021年)は、最終作にして異次元へのぶっ飛びを見せてくれた。

純文学では、ここにきて幻想文学に寄ってきた今村夏子『木になった亜沙』(文藝春秋、2020年)と、ADHDアイドルオタクを極めて残酷に描き出した芥川賞受賞作宇佐見りん『推し、燃ゆ』(河出書房新社、2020年)が良かった。ライトノベルでは、オタク的妄想を厳しく書くことで不条理文学性を押し出してきた西尾維新『ニンギョウがニンギョウ』(講談社ノベルス、2005年)と、畳み掛けるような饒舌JK文体の大澤めぐみ『Y田A子に世界は難しい』(光文社文庫、2021年)が面白かった。

……10冊中3冊も伴名練が関わってる本になってしまったが、まあ気のせいってことで。



 

ノンフィクション編

今年のベストはトーマス・トウェイツ『ゼロからトースターを作ってみた結果』(新潮文庫、2015年)。トースターを自分で作るという狂気がわずか200ページの中に詰め込まれている、大変手に取りやすい怪作である。

今年はご時世的なこともあり、医学寄りの本をいくつか読んだ。その中では、「チフスのメアリー」を多面的に分析した金森修『病魔という悪の物語』(ちくまプリマー新書、2006年)と、そもそも病気とは何かという問題について、変に哲学にかぶれたりすることもなく丁寧に答えようとする市原真『どこからが病気なの?』(ちくまプリマー新書、2020年)が印象に残った。

文学絡みでは、栗原裕一郎豊崎由美石原慎太郎を読んでみた』(中公文庫、2018年)は辛口評論家の2人が石原慎太郎に真剣に向き合う姿に文芸評論の真髄を見た。小林真大『文学のトリセツ』(五月書房新社、2020年)は、文学理論を本当に誰にでもわかるように解説した、かゆいところに手が届く本。飯田一史『ライトノベル・クロニクル2010-2021』(Pヴァイン、2021年)は、10年代のライトノベルの書評集だが、節々に鋭い洞察がある。

その他には、ダーヴィッド・ヴァン・レイブルック『選挙制を疑う』(法政大学出版局、2019年)は、投票性民主主義の啓蒙書で、昨今の民主主義に期待ができなくなっている人にたいへんオススメ。戸田山和久『教養の書』(筑摩書房、2020年)はあらためて戸田山和久が「教養」に向き合う本。中村桃子『新敬語「マジヤバイっす」』(白澤社、2020年)は、「○○っす」という語尾の研究を通じて、言葉とジェンダーとの関係を深堀りする興味深い本。

そして最後に、石川理夫『本物の名湯ベスト100』(講談社現代新書、2016年)を挙げておく。ここ最近ぼくが温泉に行くようになったのは間違いなくこの本がきっかけで、比較的客観的な評価や共同温泉重視、そして教条的な源泉かけ流し主義への批判など、さまざまな点で目から鱗が落ちた。