若手からベテランまでイキの良いSF作家をそろえたアンソロジー/樋口恭介編『異常論文』

「異常論文」として小説を書くことの必然性、みたいなものはそこまで感じられず。樋口恭介のまえがきという名のアジテーションも大言壮語感が否めない。まあ論文調のSFというのはニッチなファンも多く、そういう意味で需要はあるんだけれども、その一方でここまで大量に並べられると若干飽きも感じる。

なのでまあ、単に若手からベテランまでイキの良いSF作家をそろえたアンソロジーとして評価する感じかなあ。酉島伝法と伴名練の作品が超傑作だったので、それらを生み出したことだけでもこの本の価値はある。ちょっと男女比的に(他のSFアンソロジーと比べても)バランスが悪いのは気になるが、それ以外は人選に文句はない。あと、企画に合わせて作品を公募するというのはとても良いことで、新人賞やゲンロンSF創作講座以外にも作家デビューする道が増えるというのはすばらしいと思います。


以下、気になった作品の個別の感想。

円城塔決定論的自由意志利用改変攻撃について」は、元ポスドクによるガチガチのガチ異常論文。テクストが最初から最後まで書かれていることの決定論性みたいな話だと思って読んでたんだけど、なんかあんまそういうこといってる人いなくて自信がなくなってきた。

難波優輝「『多元宇宙的絶滅主義』と絶滅の遅延」は反出生主義を元ネタにしたマルチバース大虐殺だが、そんなことより最後の1行でエモを掻き立てているのが石黒達昌を連想させて良い。

柴田勝家「火星環境下における宗教性原虫の適応と分布」は、さすがにこの手の小説をよく書いてきただけあって構成がうまい。途中までは平凡なSCPみたいであんまりおもしろくないんだが、オチがたいへん秀逸で一気に引き込まれた。

小川哲「SF作家の倒し方」は、ちょっと内輪ネタが過ぎる感はあって微妙。ただ、全体的にテイストが似ていて単調なこのアンソロジーの中では明らかに異彩を放っているので、この文脈だとギリギリ許せなくはない。また、よくある業界人の内輪エッセイを奇妙な形で書いたものと思えば、それはそれで悪くはないかも。個人の短編集には入れないでほしい。

酉島伝法「四海文書注解抄」は個人的には本アンソロジーのベスト。「一見すると意味のわからない記事などのスクラップ集」をベースに、酉島伝法特有の造語がさらに別レイヤーからの注として差し込まれている。酉島の小説は基本的に小説全体に大量の造語が散りばめられているためとっつきづらいんだけど、この小説では大部分が常識的な日本語として書かれているため、実は意外と酉島伝法入門にも向いているのでは。非常に複雑な相互参照がちょっと可読性を下げているのはマイナスポイントかな(電子書籍だとだいぶ読みやすいです)。いつか詳しく読解したい。

伴名練「解説――最後のレナディアン語通訳」も傑作。お遊び的と揶揄されることの多い偽文学史モノだが、読んでるといつの間にかたいへん胸糞の悪いミステリー小説にすり変わっているという伴名練マジックが炸裂している。言語相対主義や言語SFでは、言語の差異による思考への影響みたいな話がポジティブに描かれることが多いが、それをひっくり返して人工言語によって思考を縛るというのがうまい。SFというジャンルに対する痛烈な皮肉となっているのは「インヴェイジョン・ゲーム1978」などを想起させ、ああ伴名練ってわりとSFというジャンルを信頼していないんだなと安心させられる。あと、地味に裁判描写のディティールが凝っていて勉強になる。