ミステリーは平和のためにある/米澤穂信『黒牢城』

管理職おじさんの荒木村重が、牢屋に閉じ込めた安楽椅子探偵黒田官兵衛に謎を推理してもらって城中の平穏を守る話。まず単純に、本格ミステリのお約束を戦国時代という時代に落とし込むのがうまい。首が切断された死体、陸の孤島といった現実離れしていそうな道具が、不自然さをまったく感じさせずに登場する。うっとおしいミステリージャーゴンが排除されているのでだいぶ新鮮味はあるし、現場保存みたいな読み手にとってはどうでもいい面倒な手続きがないのも、話が早くて良い。

さらにいえば、その落とし込みは単なるお遊びではない。主人公の村重は、殿様とは思えないくらい城内の空気のことを考えている。城内の空気の不穏さは、戦争の勝ち負け、ひいては自身の生死に直結する。本書で出てくるミステリーは、どれも城内の空気や人間関係を悪化させるものであり、村重および官兵衛の推理はそのような悪化を解決するためのものである。

そう考えたときに、本格ミステリにありがちな数々のテンプレートは、謎の解決を通じて人間関係などを改善するためのものになるという事実に気付かされる。ミステリーアンチの常套句に、こんなものはお遊びにすぎないという批判がある。そして一部のミステリーファンはそれに安直に反発し、お遊びで何が悪いという。でも本書を読めば、いわゆるミステリーが、社会派ミステリーのそれとはまったく違った形のアクチュアリティーを持っていることがわかるだろう。ミステリー、特に本格ミステリの意義を認識させてくれる、見事な傑作だと思う。