さらにいえば、その落とし込みは単なるお遊びではない。主人公の村重は、殿様とは思えないくらい城内の空気のことを考えている。城内の空気の不穏さは、戦争の勝ち負け、ひいては自身の生死に直結する。本書で出てくるミステリーは、どれも城内の空気や人間関係を悪化させるものであり、村重および官兵衛の推理はそのような悪化を解決するためのものである。
そう考えたときに、本格ミステリにありがちな数々のテンプレートは、謎の解決を通じて人間関係などを改善するためのものになるという事実に気付かされる。ミステリーアンチの常套句に、こんなものはお遊びにすぎないという批判がある。そして一部のミステリーファンはそれに安直に反発し、お遊びで何が悪いという。でも本書を読めば、いわゆるミステリーが、社会派ミステリーのそれとはまったく違った形のアクチュアリティーを持っていることがわかるだろう。ミステリー、特に本格ミステリの意義を認識させてくれる、見事な傑作だと思う。