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人文系のための経済学というニッチな需要を満たす本/稲葉振一郎『経済学という教養』

書評 社会科学

 

経済学という教養 (ちくま文庫)

経済学という教養 (ちくま文庫)

 

 今年の参院選ごろに突然転向した斎藤美奈子は、松尾匡『この経済政策が民主主義を救う』を紹介しつつ現在の左派陣営の経済政策(というか経済無政策)を批判した。松尾匡の本は読んでいないけど、変な本ではないはず。そこは斎藤の良心を信じる。

ただまあ、副題が「安倍政権に勝てる対案」なので、時代的な色が強い感じはすると思う。時代的な需要はあるんだけど、安倍政権が倒れたら需要は消える。有効性が消えるわけではないと思うけど……。

といったところで、ちょっと違った意味で需要があるのがこの本で、人文系の人や左翼をターゲットとした経済学の啓蒙書である。人文系の人や左翼なんてたいして大きなマーケットではないんだけど、そういう人はたぶんずっと一定数いると思われるので、ニッチな需要を持ち続けると思う。

 

この本のもととなった本は2004年出版で、増補改訂されたのが2008年。なので、この本の中では「構造改革」という言葉が散々出てくる。今さら構造改革を大声で叫んでる人なんてかなり少ないし、そういう意味でちょっと時代性も強かったりするのは残念なところ。

が、そういう欠点はありつつも、この本は有効性を失わない。2004年や2008年に書かれた左翼に対する批判が、未だに有効性を持つってどうなの? ちょっと悲しくなりはするんだけど、そういう現状は逆にこの本の価値を証明している感じもする。

 

この本の面白いところは、数学を使わないアプローチをなるべく採用して、人文学的な切り口で経済学の話をしようということである。数学を使わないといっても、数学を使って説明しなければいけないところをダサい比喩を使ってごまかす、ということではない(シンジくんとミサトさんがお味噌と唐傘を作る云々のくだりは、ぼくは苦笑いしたけど、比喩ではないしごまかしでもない)。

そしてそのアプローチの行き着く先は経済思想論争(経済思想とはちょっと違うような気がする。経済思想史では日本の左翼とかまともに扱わないでしょう)。第一章「こういう人は、この本を読んで下さい」、第五章「左翼のはまった罠」、補章「『経済成長擁護論』再び」あたりは、そのアプローチの強みが存分に活かされており、それゆえ(左翼や人文学の人にとって)実用書っぽくもなっている。ニッチな需要に対して的確なアプローチをとってるのはいいところ。

そういうアプローチのために、数学を使った議論はなし。ミクロ経済学の解説はわずか10ページ。需要供給曲線のグラフが載ってない入門書ってはじめて見た!!! でも、ミクロ経済学を活かすのって結構難しいよね。有効性を持たせるにミクロ経済学をばっさりカットしたのは、実用書として変な判断じゃないと思う(「素人の、素人による、素人のための経済学入門」って自称するのはまずいかもしれないけど)。

 

良くないところは、参考文献のまとまりがものすごく悪いところとか。各章各テーマごとに参考文献を散らされると今後の勉強のために参照するときくそ面倒。まあそういう意味でも、この本は入門書というよりは一冊で完結している実用書。もっと勉強するためには他の本もほしいところ。