小説

家政婦の歴史と、木下古栗の受けたパワハラ

家政婦の歴史 (文春新書)作者:濱口 桂一郎文藝春秋Amazon濱口桂一郎の新刊『家政婦の歴史』を読んだんだけどこれがとんでもなくすさまじい本で、労働法にひっそりと書かれた時代錯誤な条文が戦後から今の今まで生き残っており、なおかつそのことに誰も気づい…

なぜ市川沙央『ハンチバック』ではネットスラングが多用されているのか

ハンチバック (文春e-book)作者:市川 沙央文藝春秋Amazon市川沙央『ハンチバック』についてもういっちょ。『ハンチバック』を読んでふと気になったのは、ネットスラングの多さだ。「◯◯み」とか純文で使う言葉じゃねーぞ。中卒の人間が大学の通信課程に通うの…

なぜ市川沙央『ハンチバック』の冒頭には三文エロ記事があるのか

ハンチバック (文春e-book)作者:市川 沙央文藝春秋Amazon重度の障害を持つかたわら文學界新人賞・芥川賞を受賞し、挑発的な記者会見も含めてたいへん話題となった市川沙央『ハンチバック』ですが、この小説の冒頭には「都内最大級のハプバに潜入したら港区女…

たいして面白くはないが、生成過程は気になる/フリー・グーグルトン『茹で甲斐』

茹で甲斐: パスタにまつわる94の掌編作者:フリー・グーグルトンAmazon木下古栗がフリー・グーグルトン名義で出版した電子書籍の2冊め。こちらはAIを利用して書いた掌編小説集で、曰く 文章はすべて「Perplexity」と「Deepl」を使用して生成され、その後、人…

特殊設定アンチミステリーの極北/麻耶雄嵩『さよなら神様』

さよなら神様 (文春文庫)作者:麻耶雄嵩文藝春秋Amazonこれはすごい。『神様ゲーム』で一度使ってしまった特殊設定を使いまわし、さらに短編にしてさまざまなパターンの物語を作り上げる。特殊設定ミステリーの限界を探る究極のアンチミステリーといっていい…

『虐殺器官』を水で薄めた感じ/佐藤究『Ank:a mirroring ape』

Ank : a mirroring ape (講談社文庫)作者:佐藤究講談社Amazonまあなんか、伊藤計劃『虐殺器官』を水で薄めて水増しした感じですな。根本的なアイデアがちょっと似ているのでどうしても連想してしまう。霊長類についてのディテールが詳しく…

どちらかというとフェミニズムよりも黒人文学の色が強い/オクテイヴィア・E・バトラー『血を分けた子ども』

血を分けた子ども作者:オクテイヴィア・E・バトラー河出書房新社Amazon当たり外れが激しい印象。退屈だったり異様に読みにくい短編もちょこちょこある一方で、「血を分けた子ども」「夕方と、朝と、夜と」「恩赦」あたりの最低限の説明でクールに決める感じ…

斎藤らしい着目点/斎藤美奈子『文庫解説ワンダーランド』

文庫解説ワンダーランド (岩波新書)作者:斎藤 美奈子岩波書店Amazon文庫解説に着目した滅多斬り系の本。読む前は「文庫解説ごときに注目してもどうにもならんでしょ」と思っていたが読んでみたらこれが面白い。特に著作権が切れているような古典的小説の解説…

こんなばかSFにまじになっちゃってどうするの/三島由紀夫『美しい星』

美しい星 (新潮文庫)作者:由紀夫, 三島新潮社Amazonおもしろーい。信頼できない語り手というか、信頼できない作者というか。自分は宇宙人だと断言する胡散臭い家族がまあまあでかい騒動を起こすドタバタコメディ寄りの話として読むのが素直だと思う。暁子を…

加藤シゲアキにしか書けないゲデモノ小説/加藤シゲアキ『チュベローズで待ってる』

チュベローズで待ってる AGE22(新潮文庫)作者:加藤シゲアキ新潮社Amazonチュベローズで待ってる AGE32(新潮文庫)作者:加藤シゲアキ新潮社Amazonすっげー。上巻「AGE22」はよくある就活青春小説って感じであまり面白くないんだが、下巻「AGE32」に入って…

初心者向け舞城にピッタリだが、物理的なハードルが……/舞城王太郎『深夜百太郎』

深夜百太郎 入口作者:舞城 王太郎,MASAFUMI SANAIナナロク社Amazon深夜百太郎 出口作者:舞城 王太郎,MASAFUMI SANAIナナロク社Amazon舞城王太郎ファンとしてぼくが前々から困っていたのは、舞城の短編集で何を勧めるべきかだ。世間的には『スクールアタック…

イヤ純文学の原石/今村夏子『こちらあみ子』

こちらあみ子 (ちくま文庫)作者:今村夏子筑摩書房Amazon今村夏子の小説は何冊か読んでいるので、あらすじを読んで「へえ~今村夏子にも元気でまっとうな小説を書いている時期があったんだ」と思ったんですが、いやいや全然そんな話じゃないじゃないですか。…

劉慈欣はSFっぽい世界を書くのが苦手?/劉慈欣『円』

円 劉慈欣短篇集作者:劉 慈欣早川書房Amazonたとえば「地火」。緊迫感のある現実の炭鉱をなまなましく描いており、炭鉱労働者と研究者の対比も良い。ところが、最後の最後で未来の話になった途端に一気にしょぼくなってしまう。あるいは「郷村教師」。主人公…

若手からベテランまでイキの良いSF作家をそろえたアンソロジー/樋口恭介編『異常論文』

異常論文 (ハヤカワ文庫JA)早川書房Amazon「異常論文」として小説を書くことの必然性、みたいなものはそこまで感じられず。樋口恭介のまえがきという名のアジテーションも大言壮語感が否めない。まあ論文調のSFというのはニッチなファンも多く、そういう意味…

なんでミステリー作家がわたモテアンソロジーを!?/谷川ニコほか『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い! 小説アンソロジー』

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い! 小説アンソロジー (星海社 e-FICTIONS)作者:辻真先,青崎有吾,相沢沙呼,円居挽講談社Amazonいや普通さ、『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!』の小説アンソロジーがあるって聞いたら、参加者のメンツっ…

なかなか読めない長期投資小説/羽田圭介『Phantom』

Phantom (文春e-book)作者:羽田 圭介文藝春秋Amazonおもしろいっすよ。長期株式投資という俗っぽすぎる題材を、うまく文学に組み込んでいる。羽田圭介は山崎元の影響でけっこう投資に詳しいようで、ディテールもまあまあしっかりしている。長期投資家といい…

差別的表現をメタフィクションで正当化するのはアリか?/川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』

ジュリアン・バトラーの真実の生涯作者:川本直河出書房新社Amazon巷でよく言われている、ブッキッシュな小説としてはちょっと微妙。ちょっと前にたまたま『本にだって雄と雌があります』を読んじゃったので嫌でも比較せざるを得ないんだけど、実在の小説家な…

選民思想は大阪風ユーモアで誤魔化せる/小田雅久仁『本にだって雄と雌があります』

本にだって雄と雌があります(新潮文庫)作者:小田 雅久仁新潮社Amazon大量の蔵書を置いておくと、2冊の本から新しい本が生まれるというファンタジー。題材上どうしてもペダンティックさや読書家的な選民思想色があらわれてしまうというのは避けられず、豊崎…

本格的で独創的な生物学SFを書き続けた石黒達昌の傑作選/石黒達昌『日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女』

日本SFの臨界点 石黒達昌 冬至草/雪女 (ハヤカワ文庫JA)作者:石黒 達昌早川書房Amazon伴名練が編集した、石黒達昌の傑作選。本人がファンブログを運営するほどのファンでもあるためか、セレクトには概ね納得がいく。強いていえば個人的には、蜂につきまと…

トヨザキ社長、ぼくの書評が杜撰じゃなくてTikTokerけんごの小説紹介が杜撰だとは思えないんですけど

石原慎太郎を読んでみた ノーカット版 (中公文庫)作者:栗原裕一郎,豊崎由美中央公論新社Amazontogetter.com 書評家の豊崎由美が、小説紹介をするTikTokerけんごのことを批判して炎上している。けんごのことはぼくは噂でしか知らなかったので、あらためてちょ…

『なめ敵』以降の伴名練を代表する大傑作/伴名練「百年文通 one hundred years distance」

コミック百合姫 2021年1月号[雑誌]作者:伴名 練,けーしん,雨水 汐,椋木 ななつ,竹嶋 えく,サブロウタ,はづき,樫風,なもり,ゆあま,阿東 里枝,未幡,田口 囁一,伊月 クロ,大沢 やよい,煮汁,志水 はつみ,SukeraSparo,黄井 ぴかち,しーめ,桜野 いつき,和泉 キリフ…

木下古栗「天使たちの野合」が『変愛小説集 日本作家編』文庫版から削除されているのは講談社とトラブったため?

変愛小説集 日本作家編作者:川上 弘美,多和田 葉子,本谷 有希子,村田 沙耶香,木下 古栗,小池 昌代,星野 智幸,津島 佑子,吉田 知子,深堀 骨,安藤 桃子,吉田 篤弘講談社Amazon木下古栗は単著に収録されてない短編小説が大量にあるのだけれど、その1つが岸本佐…

バズらせた早川の努力に感謝/劉慈欣『三体Ⅲ』

三体Ⅲ 死神永生 上作者:劉 慈欣早川書房Amazon三体Ⅲ 死神永生 下作者:劉 慈欣早川書房Amazon基本的な感想は、『Ⅱ』を読み終わったときとそこまで大きくは変わらず、まあまあおもしろかった。『Ⅲ』下巻の終盤はバカSF色がかなり強く、バカバカしさに思わず笑…

伴名練編『日本SFの臨界点 新城カズマ』解説に『魔界探偵 冥王星O』についての記述がない

日本SFの臨界点 新城カズマ 月を買った御婦人 (ハヤカワ文庫JA)作者:新城 カズマ早川書房Amazon伴名練編のアンソロジーシリーズ『日本SFの臨界点』シリーズは、単純なアンソロジーとしての面白さもさることながら、とんでもなく分厚い解説にも定評がある。…

木下古栗『人間界の諸相』特設ページに掲載されていたエッセイについての調査メモ

人間界の諸相 (集英社文芸単行本)作者:木下古栗集英社Amazonsave-as.hatenablog.com 前々からちょこちょこ木下古栗全作品リストを更新しているのだけれど、先日コメントにてこんな情報提供をいただいた。 で、ここからはだいぶあやふやな情報になってしまう…

「孤城」というもうひとつの学校について/辻村深月『かがみの孤城』

かがみの孤城 上 (ポプラ文庫)作者:辻村深月ポプラ社Amazonかがみの孤城 下 (ポプラ文庫)作者:辻村深月ポプラ社Amazonこの小説に出てくる「孤城」は、一見するとファンタジーな空間ではあるが、フリースクールと同様、明らかに学校に馴染めなかった人向けの…

「作者の死」の死

物語の構造分析作者:ロラン・バルトみすず書房Amazon 要約 「作者の死」でバルトは「作者」を時代の産物としているが、そうであれば時代の変化により「作者」が復活する可能性がある。そして現代では、インターネットによって「作者」の存在が強化されるので…

一人の作家の小説を読むということ/栗原裕一郎、豊崎由美『石原慎太郎を読んでみた』

石原慎太郎を読んでみた ノーカット版 (中公文庫)作者:栗原裕一郎,豊崎由美中央公論新社Amazon特に栗原裕一郎の労力には脱帽。わざわざ石原慎太郎なんかのために国会図書館に通い詰めて、全集から埋もれた名作や駄作まで、丹念に一人の作家と向き合うという…

ジュブナイル文体でも森川の世界観は隠せない/森川智喜『踊る人形』

踊る人形 (講談社文庫)作者:森川智喜講談社Amazon森川智喜の「三途川理シリーズ」の3作目。今作のもっとも大きな特徴は、ジュブナイルミステリーのような文体だろう。本気でジュブナイルを書きたいわけではないというのはストーリーのブラックさからも伺える…

保険会社視点の保険金殺人モノって珍しいかも/貴志祐介『黒い家』

黒い家 (角川ホラー文庫)作者:貴志 祐介発売日: 2012/10/01メディア: Kindle版貴志祐介の日本ホラー小説大賞受賞作。何よりも、保険会社の視点から保険金殺人モノを書くというのが面白い。貴志は保険会社に勤めていたようなので、そこのディティールがしっか…