書評

「孤城」というもうひとつの学校について/辻村深月『かがみの孤城』

かがみの孤城 上 (ポプラ文庫)作者:辻村深月ポプラ社Amazonかがみの孤城 下 (ポプラ文庫)作者:辻村深月ポプラ社Amazonこの小説に出てくる「孤城」は、一見するとファンタジーな空間ではあるが、フリースクールと同様、明らかに学校に馴染めなかった人向けの…

学際の見本/金森修『病魔という悪の物語』

病魔という悪の物語 ──チフスのメアリー (ちくまプリマー新書)作者:金森修筑摩書房Amazonこれは学際の見本だなあ。公衆衛生学であると同時にその科学史でもあり、歴史学の側面もあり、言語学やメディア学にも片足を突っ込んでいる。コロナ下の現在ということ…

一人の作家の小説を読むということ/栗原裕一郎、豊崎由美『石原慎太郎を読んでみた』

石原慎太郎を読んでみた ノーカット版 (中公文庫)作者:栗原裕一郎,豊崎由美中央公論新社Amazon特に栗原裕一郎の労力には脱帽。わざわざ石原慎太郎なんかのために国会図書館に通い詰めて、全集から埋もれた名作や駄作まで、丹念に一人の作家と向き合うという…

ジュブナイル文体でも森川の世界観は隠せない/森川智喜『踊る人形』

踊る人形 (講談社文庫)作者:森川智喜講談社Amazon森川智喜の「三途川理シリーズ」の3作目。今作のもっとも大きな特徴は、ジュブナイルミステリーのような文体だろう。本気でジュブナイルを書きたいわけではないというのはストーリーのブラックさからも伺える…

保険会社視点の保険金殺人モノって珍しいかも/貴志祐介『黒い家』

黒い家 (角川ホラー文庫)作者:貴志 祐介発売日: 2012/10/01メディア: Kindle版貴志祐介の日本ホラー小説大賞受賞作。何よりも、保険会社の視点から保険金殺人モノを書くというのが面白い。貴志は保険会社に勤めていたようなので、そこのディティールがしっか…

「デモクラシーの一概にはいえなさ」をそのまま書籍化した奇妙な本/杉田敦『デモクラシーの論じ方』

デモクラシーの論じ方 ――論争の政治 (ちくま新書)作者:杉田敦発売日: 2014/07/12メディア: Kindle版デモクラシーとはどのようなものか、というのは、思慮深い人であればまあ一概には答えられない疑問だと思う。本書は、そのような「デモクラシーの一概にはい…

『おにぎりスタッバー』の大澤めぐみが帰ってきた/大澤めぐみ『Y田A子に世界は難しい』

Y田A子に世界は難しい (光文社文庫)作者:大澤 めぐみ発売日: 2021/02/09メディア: Kindle版『おにぎりスタッバー』での圧倒的饒舌JK文体で鮮烈なデビューを果たした大澤めぐみだが、その後の大澤の小説では、その印象的な文体は鳴りを潜めていた。文体を非常…

たいへんしんどいADHDアイドルオタク小説/宇佐見りん『推し、燃ゆ』

推し、燃ゆ作者:宇佐見りん発売日: 2020/09/10メディア: Kindle版たいへんしんどい小説である。主人公はおそらくADHDであり、そのためかかなり破滅的な人生を送っている。特に人間関係はかなりボロボロで、友達っぽい友達は1人ぐらい(しかもオタ友)しかお…

あとはスリムにしてちくまプリマー新書に入れれば完璧/戸田山和久『教養の書』

教養の書作者:戸田山和久発売日: 2020/06/05メディア: Kindle版戸田山和久による、実存が込められた「教養」の本。ギリシャ哲学から進化論や認知心理学まで、非常にさまざまな分野の上に「教養」を定義づけるという、気合の入った試み。教養という概念が持つ…

いいからとっとと金よこせ!/松尾匡『左翼の逆襲』

左翼の逆襲 社会破壊に屈しないための経済学 (講談社現代新書)作者:松尾匡発売日: 2020/11/18メディア: Kindle版前半はいつもの松尾の反緊縮アジ。とはいえ、歴史的な経緯の整理については、レフト3.0の失速までしっかり書いていて誠実さを感じる。後半の方…

10年代の面白い日本SFを網羅するアンソロジー/大森望、伴名練編『2010年代SF傑作選(1・2)』

2010年代SF傑作選1 (ハヤカワ文庫JA)発売日: 2020/02/06メディア: 文庫2010年代SF傑作選2 (ハヤカワ文庫JA)発売日: 2020/02/06メディア: 文庫10年代の面白い日本SFを網羅しようという気概が感じられる。また、流石に傑作選を謳うだけあり、ある程度制約があ…

「○○っす」とジェンダー解体の意外なつながり/中村桃子『新敬語「マジヤバイっす」』

新敬語「マジヤバイっす」: 社会言語学の視点から作者:桃子, 中村発売日: 2020/03/12メディア: 単行本まず、「○○っす」という言葉遣いが、単なる教養のない若者の言葉というだけでなく、敬意と親しさの両方を表現する機能を持つというだけでもけっこう面白い…

風俗小説やメタミステリーとしてはだいぶ力作/辻真先『たかが殺人じゃないか』

たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説作者:辻 真先発売日: 2020/05/29メディア: Kindle版風俗小説やメタミステリーとして読むとだいぶ力作。戦後日本という舞台設定が単なる飾りにとどまっておらず、ミステリーという形式を成り立たせるものとなっている…

中島敦って実はめちゃくちゃ頭でっかちインテリ嫌いだったのでは?/中島敦「かめれおん日記」

中島敦 (ちくま日本文学 12)作者:中島 敦発売日: 2008/03/10メディア: 文庫佐野幹『「山月記」はなぜ国民教材となったのか』では、中島敦「山月記」は頭でっかちなインテリを批判するような教育的な意図があり、それが教科書に採択され続けてきた側面がある…

政治と宗教によって歪められてきた時間の歴史/リオフランク・ホルフォード‐ストレブンズ『暦と時間の歴史』

暦と時間の歴史 (サイエンス・パレット)作者:Leofranc Holford-Strevens発売日: 2013/09/26メディア: 新書主に暦の歴史に重点を置いた本。200ページの新書のわりにはだいぶ情報量が多い。若干ニッチさは否めないが、それでも年月日時というわれわれが当たり…

経営目線での分析が得意な飯田の本領発揮/飯田一史『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』

マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代 (星海社新書)作者:飯田 一史発売日: 2018/07/27メディア: 新書最近どんどん存在感を増しているマンガアプリの現状分析の本。各種マネタイズの手法についての鮮やかな分析は…

だいぶ不条理度高めの短編集/今村夏子『木になった亜沙』

木になった亜沙 (文春e-book)作者:今村 夏子発売日: 2020/04/06メディア: Kindle版『あひる』とか『むらさきのスカートの女』とかよりもだいぶ不条理度高め。今村夏子って基本的にはリアリズムの作家だと思っていたので意外だった。とはいえ面白い。表題作「…

いい意味で「実用的な自己啓発書」/千葉雅也『勉強の哲学』

勉強の哲学 来たるべきバカのために 増補版 (文春文庫)作者:千葉 雅也発売日: 2020/03/10メディア: Kindle版ドゥルーズだのラカンだのの言葉を安易に借りずに、自分の言葉で「勉強」とは何かを明確にしていく感じは、いい意味で古典的な哲学っぽいなと思った…

病気の複雑さを、「複雑なままわかりやすく」伝える本/市原真『どこからが病気なの?』

どこからが病気なの? (ちくまプリマー新書)作者:市原真発売日: 2020/01/17メディア: Kindle版病気の複雑さを、「複雑なままわかりやすく」伝えるという面白い本。病気は複雑なものだという視点から、そこから現実的な病気との付き合い方を探るという試みは…

「伝法的異世界」を気軽に(?)味わえる短編集/酉島伝法『オクトローグ』

オクトローグ 酉島伝法作品集成作者:酉島 伝法発売日: 2020/07/02メディア: Kindle版酉島伝法の短編集。短編でも、異形バリバリ造語ゴリゴリな「伝法的異世界」の魅力は遺憾なく発揮されている。『皆勤の徒』を絶賛積読中のぼくからすると、各短編が多くても…

ライトノベルも一手間加えれば不条理文学になる/西尾維新『ニンギョウがニンギョウ』

ニンギョウがニンギョウ (講談社ノベルス)作者:西尾維新発売日: 2016/10/14メディア: Kindle版「私には23人の妹がいて~」なんて一見するとただのクソみたいなライトノベルのようだが、文体を少し古めかしくして不条理要素を混ぜ合わせると、一気に不条理文…

「誰でもわかる」文学理論/小林真大『文学のトリセツ』

文学のトリセツ ー「桃太郎」で文学がわかる!作者:小林真大発売日: 2020/03/12メディア: 単行本(ソフトカバー)文学理論は、文学に興味のある人にのみ必要なものと思われがちである。しかし実際のところ、文学理論的なものの見方は、あらゆるテクストに対し…

高級版「面白くて眠れなくなる科学」/全卓樹『銀河の片隅で科学夜話』

銀河の片隅で科学夜話 物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異作者:全 卓樹発売日: 2020/03/27メディア: Kindle版PHP研究所から出版されている「面白くて眠れなくなる○○」というシリーズがあるけれども、あれの高級版といった感じ。…

プロパガンダ装置としての役割に焦点を当てた「山月記」研究/佐野幹『「山月記」はなぜ国民教材となったのか』

「山月記」はなぜ国民教材となったのか作者:佐野 幹発売日: 2013/07/31メディア: 単行本おもしろい。「山月記」という短編が、様々な人間の思惑によって、「国民教材」に相応しい小説として教科書に掲載され続け、読まれ続けてきたというのが、丹念な調査に…

人類規模での壮大な足の引っ張り合い/劉慈欣『三体Ⅱ』

三体Ⅱ 黒暗森林(上)作者:劉 慈欣発売日: 2020/06/18メディア: Kindle版三体Ⅱ 黒暗森林(下)作者:劉 慈欣発売日: 2020/06/18メディア: Kindle版ハードカバー2冊使って人類規模での壮大な足の引っ張り合いをするという、あんまり読んだことのないタイプのSF…

連続殺人が許されない世界の特殊設定ミステリー/斜線堂有紀『楽園とは探偵の不在なり』

楽園とは探偵の不在なり作者:斜線堂 有紀発売日: 2020/08/20メディア: Kindle版テッド・チャン「地獄とは神の不在なり」にインスパイアを受けた特殊設定ミステリー。元ネタが偉大なのと、特殊設定が法月綸太郎的な「悩める探偵」の問題意識にうまく接続され…

伴名練の趣味全開のSFアンソロジー/伴名練編『日本SFの臨界点』

日本SFの臨界点[恋愛篇] 死んだ恋人からの手紙 (ハヤカワ文庫JA)発売日: 2020/07/16メディア: Kindle版日本SFの臨界点[怪奇篇] ちまみれ家族 (ハヤカワ文庫JA)発売日: 2020/07/16メディア: Kindle版『恋愛篇』は、わりと読みやすい短編が揃っている…

最低限はミステリーしてると思う/西尾維新「戯言シリーズ」

クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い (講談社文庫)作者:西尾維新発売日: 2016/05/06メディア: Kindle版ミステリーじゃない! という評判が多いシリーズではあるが、最終巻を除いて、最低限の核はちゃんとミステリーになっていると思う。ミステリーのお…

膨大なデータで読む芥川賞の歴史/川口則弘『芥川賞物語』

芥川賞物語 (文春文庫)作者:則弘, 川口発売日: 2017/01/06メディア: 文庫芥川賞受賞作・候補作の簡単な紹介からゴシップまで、芥川賞の歴史が手ごろな形でまとまっている。特に石原慎太郎以前の話は、芥川賞の話題としてもり取り上げられることが少なく、文…

未完成の小説の続きをAIで執筆した衝撃の長編小説集/木下古栗『サピエンス前戯』

サピエンス前戯 長編小説集作者:木下古栗発売日: 2020/08/26メディア: 単行本『文藝』に「新連載」と称して第1回のみが掲載されていた3作に、それぞれ「その後の展開」を加筆した小説集。それを加筆するにあたって、表題作「サピエンス前戯」の中で「ある程…