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違法アップロードをめぐる群像劇/ウィット『誰が音楽をタダにした?』

書評 人文科学

 

誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち (早川書房)

誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち (早川書房)

 

 違法アップロードなどといった、アングラかつ明らかに違法な文化は、なかなかその実態が後世に伝わらない。そういう文化を文化史として伝えようとしたがる人もいなくはないけど(ぼくはニコニコ動画とかを念頭に置いている。ニコニコの文化史とか全然整理されないよねー)、そういう人もたいていは思いつきで動いているので、学問レベルはおろかドキュメンタリーレベルの文章が書かれることすら珍しい。

そういう文脈で考えると、本書は、なかなか触れづらい「違法アップロード」の文化の一旦を調べた、貴重なドキュメンタリーといえる。丹念なインタビューや資料収集に裏付けられている立派な本です。

 

なんといってもこの本で面白いのは、一工場労働者にすぎなかったグローバーの存在だろう。CDの工場で働く一労働者が、インターネットのアングラ文化とつながってしまったことで、大量の音楽を流出させてしまったという話は本当に驚き。そんな、事実は小説よりも奇なりを地で行くような話があるとは! グローバーの人間臭さも含め、この本の一番の見どころだろう。あと、メインテーマとは関係ないけど、mp3の開発史なんかも整理されていてありがたい。

ドキュメンタリーとしての特徴は、まるで伊坂幸太郎の小説のような、群像劇のような構成を採用しているところ。(とくに前半は)話があちこちに飛ぶのでちょっと読みづらい一方、時系列の横のつながりが強調されていおり、ついでにミステリーっぽく楽しめる。

あと、これはあまり言われてないんだけど、著者のウィットが違法アップロード全盛期の世代であることは無視できない。ウィット自身も膨大なmp3ファイルを所持しているそうで、そういうことをプロローグで率直に認めるのはいいこと。たぶん、ウィットが違法アップロードされた音楽のユーザーでなければ、ここまで気合いの入ったドキュメンタリーにはならなかっただろう。そしてだからこそ、エピローグなんかはちょっとした感動を誘う。

 

難点としては、アメリカのアーティストや曲の名前が大量に出てくるけど、あまり親しみのない名前もけっこうあって、その部分はとっつきづらい(それともぼくが音楽に無知なだけ?)。まあそういうところはうまーく読み流せば問題ない。

あと一応、この話はあくまでもアメリカのローカルな話であることに注意。日本の違法アップロード文化については、また別の調査が必要になるだろう(一応言っとくと、ウィットに対する文句ではなく、日本の論者に対する期待だからね)。そういえば、アニメの違法アップロードサイトでは独自の組織体系が作り上げられている、みたいな話も聞いたことがある。そういうものの調査とかも面白そう。

 

訳はいまいち。違和感のある文章がたまにあるのはいいとしても、ちょっと訳しづらい単語があるとすぐにカタカナに逃げるのは気になる。

ただし、「誰が音楽をタダにした?」という邦題はすばらしい。原題はHow music got freeで、直訳すると「音楽をタダにした方法」となる。しかしこれだと、音楽(あるいはコンテンツ一般)を無料にする、ある程度一般性のあるの方法が書いてあるようにも読めちゃう。けど実際、この本がとってるのは、個人のライフヒストリー的な記述なんだよね。だから邦題のほうが適切。あと、この邦題だと、mp3とか違法アップロードみたいなモノを擬人化して「誰が」という言葉を使っているように見せかけることができるので、マジで音楽を無料にしてしまった人がいたことの驚きも増えると思う(この点は栗原裕一郎も指摘している)。