木村資生と愛国教育(?)

 

生物進化を考える (岩波新書)

生物進化を考える (岩波新書)

 

 「進化論の通俗的理解」みたいなものに対する興味から、本屋で高校生物の参考書の進化論についての項目を見てみたらびっくり。高校生物って、木村資生の中立進化説扱うのねー。

いやもちろん、木村資生の中立進化説は重大な概念であることは間違いない。中立進化説は、遺伝子の変化による有利不利とその結果としての淘汰の影響が結構小さいのではないか? みたいな議論で、太田朋子の「ほぼ中立説」に発展して現在は進化論の定説の一部となっている。ジョン・メイナード=スミスの啓蒙書『生物学のすすめ』(ちくま学芸文庫)でも木村についてちょっと触れてて、「なんでみんなキムラのこと知らないのー?」みたいなことを言っていたはず。だから、確かに木村の中立進化説は世界的にも有名で影響の大きい説ではある。

でも……率直に言って、中立進化説ってパラダイムシフトレベルの影響力はないんだよね。それは、進化論が最終的に中立進化説をうまく取り込めたことからも明らか。

そして高校生物の参考書をざっとみた限りだと、ドーキンスやハミルトンやメイナード=スミスによる、個体単位から遺伝子単位へのパラダイムシフトについての記述はまったくなし。ドーキンスは学問的に有名な研究ってあまりないからまあ仕方がないとしても、ハミルトンの血縁淘汰説やメイナード=スミスのESSは現代進化論を理解するためには避けては通れない概念のはず。でもなぜか、彼らの研究の話は出てこない。

 

うーん、これがいわゆる愛国教育とやらなんですかねえ。こういう風に進化論の重大な説を省いてまで日本人の素晴らしさを称えるのは、いやはや、美しいですねえ。

 

 

余裕ができたらもうちょっとしっかり検証するかも。

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佳作揃いの短編集だが、「Tシャツ」には及ばず/木下古栗『生成不純文学』

 

生成不純文学

生成不純文学

 

 去年発売された短編集『グローバライズ』が、テレビ番組「アメトーーク!」の読書芸人回で光浦靖子によって取り上げられたために、大変多くの読書マニアから叩かれることとなったことで知られる、木下古栗の最新刊。とはいっても収録作はひとつを除いて単行本未収録作品を集めたもの。傑作中の傑作である「Tシャツ」には遠く及ばないけど、まあ全体的に『グローバライズ』よりも出来は上なのでおすすめできます。

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日常系ミステリーの完成形/石黒正数『それでも町は廻っている(1~16)』

 

 これはすごい。話ひとつひとつはそこまで大したこともないんだけど、積み重ねの量が膨大で、しかも時系列シャッフルをこれでもかというくらい駆使して魅力的なエピソードを作り上げている。キャラクターの可愛さも独特で、絶妙な芋臭さがたまらない。

 三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖』というあまりおもしろくない日常系ミステリーが流行ってから、この手の日常系ミステリーはものすごく流行ったイメージがある(これは偏見?)。ただぼくは、ちっちゃなエピソードを積み重ねる日常系ミステリーの手法が、根本的に小説と相性が悪いと思っている(米澤穂信『いまさら翼といわれても』の感想でも書いたように)。ということで、日常系ミステリーはこういうふうに月刊連載とかでやるといいんじゃないんでしょうか。『名探偵コナン』とかもありますし(これは週刊連載だけど)。

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あくまでも「ふわふわSFミステリー」/石黒正数『外天楼』

 

外天楼 (講談社コミックス)

外天楼 (講談社コミックス)

 

 悪くないと思う。石黒正数を読むのは初めてだけど、ちょっと間抜けな感じの日常系とちょっと間抜けな感じのSFとちょっと間抜けな感じのミステリーがうまいこと混ざり合って、珍しい雰囲気を醸し出している。あえて例えるなら星新一が近いと思うんだけど、あれよりも萌えポイントが高い感じ。キャラクターもそれにちょうどぴったりな感じでゆるくていい。ついでにラストのエモさはけっこう心に響いた。

でも、あくまでも「ふわふわSFミステリー」なんだよね。他の人の感想を見る限り、このマンガは「連作短編のようで実は最終的につながる!」っていうところが褒められているように思われるけど、こーゆーのは「つながる」とは言いません。石黒もそれはわかってるはず。伏線と呼べないようなものを読者が勝手に伏線と呼んで祭り上げているだけ。ぼくはそういうのはかなり不健全だと思う。

自然主義文学とSFが交差するとき物語は始まらない/前田司郎『恋愛の解体と北区の滅亡』

 

恋愛の解体と北区の滅亡

恋愛の解体と北区の滅亡

 

 これは本当にすごい!!! なんで今まで前田司郎読んでなかったんだ。

SF的なモチーフっていうのはたぶん、ある種のスタイリッシュさを前提にしている(あるいはエンタメ全般?)。でも、ぼくたちの住む現実世界はそんなにかっこいいものではない。そこが、フィクションと現実との境界線なんだと思う。前田のこの短編2作は、そんな境界線をあっさりと消してしまう。そのことによって、唯一無二といってもいい地位を確保していると思う。

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いとうくんはうそをつかなくなりました/村瀬修功「虐殺器官」

 

虐殺器官 [DVD]

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 いとうくんは、とてもおもしろいはなしをしました。いとうくんがはなしはじめると、いとうくんのまわりにはおおくのひとがあつまりました。いとうくんはとてもにんきものでした。

でも、いとうくんはうそつきでした。いとうくんは、むしをいじめてころすのがだいすきなだけなのに、わるいむしをころしているのだといっていました。いとうくんは、こどものことがきらいなのに、にんげんぜんいんがすきだといっていました。いとうくんは、イギリスのゆうめいなうそつきの、ジェームズというひとのことを、うれしそうにはなしていました。もしかすると、いとうくんのはなしはぜんぶうそなのかもしれません。

でも、さいきんいとうくんはちがうひとのように、うそをつかなくなりました。たぶん、うそをつかないのはえらいことです。でも、ぼくはちょっとさびしくおもいました。なぜなら、うそをついているときのいとうくんはとてもたのしそうだったからです。

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