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発散した!!!/早坂吝『虹の歯ブラシ』

 

虹の歯ブラシ 上木らいち発散 (講談社ノベルス)

虹の歯ブラシ 上木らいち発散 (講談社ノベルス)

 

  最近個人的に注目しているミステリー作家、早坂吝。処女作『○○○○○○○○殺人事件』は筒井康隆的な問題意識の高さを見せつつも、タイトル当てという趣向があまり意味をなしていなかったり、単純に文章が下手(悪文というわけではなく、読み応えのない文章)と欠点も多く、佳作もしくは問題作どまりではあった。

で、2作目がこれ。文章が下手なのはそのままであり、全体的には問題意識の高さも薄くなってしまい……と思ったら。

ほんとに発散した!!!

以下重大なネタバレ多数。

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも。こういった連作短編集につきまとうメタ的な問題は、「なぜその物語を集めたのか」というものにつきる。この小説でいえば、「なんでわざわざ虹にする必要があるの?」という問題。マジレスすると、「そんなん作者が思いついたからでしょ……」となってしまう。

そういった問題を突き詰めていくのが現代文学とか現代ミステリーとか(だよね?)。後期クイーン的問題とかがその代表例。けど、一般読者からすれば、そんなこと突き詰めてどうするのよ……となるのも当然。そのため、メタ的な問題を意識するのはいいけれども、それを小説で使う場合は、小説の構造に綺麗に取り込まなければいけない。米倉あきら『インテリぶる推理少女とハメたいせんせい』とか殊能将之黒い仏』とかは、問題意識の高さを見せつつも、小説の構造にその問題意識を取り込むのがあんまりうまくいかなかった例(だとぼくは思う)。

 

で、『虹の歯ブラシ』はというと……かなりの部分で成功していると思う。

日本版だと7つの章なのが、英語版だと6つに、ドイツ語版だと5つに、アラビア語版だと4つに……と、架空の海外版『虹の歯ブラシ』がどんどんその内容を変えていくのは圧巻の一言。よく(無理矢理に)うまく辻褄を合わせた、と関心すら覚える。

……という風にただ字面を追ってるだけだとこの辺で終わってしまうんだけど、話はそれほど単純じゃない。だってこれ、虹の色の数が減るだけじゃないもの。

wikipediaによると、日本でも古来は虹の色を8色と数えていた時期があるとか。そうでなくとも、虹の色の数が7より多い言語なんていくらでもあるでしょう。これもwikipediaだけど、言語の数はとりあえず8000超はあるらしいし。

さらに深読み。虹は可視光線からできている。けど可視光線っていうのは、より正確に言えば「人間にとっての可視光線」だから、紫外線や赤外線を見ることのできる生物もいるし、そういう宇宙人もいる(と思われる)。宇宙人オチも使ってるしね。だから、ほんとに想定できる「○○語版『虹の歯ブラシ』」は無限なのだ。レムかな? こうして上木らいちは発散する。ここらへん、『富江』っぽくもあり、得体のしれないキャラの構築に成功しているのもポイント高い。

 

ただし。さっき「かなりの部分で成功している」って言ったけど、一部失敗している部分もある。

まず、そもそもこれが日本語原作で、作者が日本人の早坂吝であること。で、英語版・ドイツ語版・アラビア語版などを想定しているのも早坂吝なので、これより色の数が多い『虹の歯ブラシ』を想定しづらいのでは。

次に、虹の色を一週間と対応させちゃったこと。まあ減らす場合は屁理屈こねればどうにかなりそうだけど、増やすとかなーりきつい。

あと、らいちの部屋を707号室にしちゃったとこ。これも、虹の色と対応させてるんだけど、これ増えたらとんでもないことになる。100色以上だと破綻するよね。減らしたら減らしたで、505号室とか404号室とか。こっちは現実的だけど、高級マンションっぽくなくない。ここらへん707号室って絶妙なんだなー。

……という風に(ぼくが見つけただけでも)これだけ突っ込みどころもある。あと、各短編がめちゃくちゃ優れているわけでもない。それに文章も相変わらずうまくない。けど、ここまで頑張ったんだしぼくは満足。次の作品も楽しみにしておきます。