人文系ヘタレ中流インテリのための進化論入門/吉川浩満『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』

 『理不尽な進化』の著者・吉川浩満によるエッセイ集。進化論や行動経済学によって大幅な転換が起こった21世紀の人間観に基づいて、さまざまな議論を展開している。

……が、残念ながら議論自体には物足りなさを感じる部分が多かった。これは、細かい議論を行うことが(主に紙幅の問題で)できないからなんじゃないかと思う。「進化論は大事」という前提を「〇〇は大事とされてきた」という事実と組み合わせて「進化論と〇〇を組み合わせて考えてみよう!」としてしまうのは、気持ちとしてはわからなくもないが、その一方で「安直な思いつきなんじゃないの?」というツッコミもしたくなる。『理不尽な進化』みたいには議論の必要性を十分説明できてない感じ。

そうでないエッセイもあるにはある。ただ、それらのエッセイは、吉川オリジナルの議論というよりは単なる他の人の議論のまとめに終わっている。もちろん、アンチョコあるいはブックガイドとしてはこの上なく有用ではあるんですが、やっぱりそれ以上の価値があるとは思えない。

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王道と思いきや変化球バンバン投げてくる/森下suu『日々蝶々(1~12)』

日々蝶々 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)

日々蝶々 1 (マーガレットコミックスDIGITAL)

 

 基本的には、まともに男と喋れない女の子とまともに女と喋れない男の子による、王道少女漫画ではある。展開のスピードに緩急がかなりあって、のんびり進んでたと思ったらいきなり急に時間がとんだりするんだけど、主人公と相手役の関係はまあ普通の範囲内ではあるはず。

ただ、王道だなーって読んでると突然不意をついたように意外な展開がやってくる。とくにびっくりしたのは、主人公の友達の清水あやがけっこう初期のころからフラグを立ててたのに、最後の方まで引っ張った挙げ句フラれて終わるという展開と、最初は面倒見のいい無害な先輩っぽい雰囲気で登場した後平が、これまた最後の方でいきなりライバル男に変貌するっていうところ。王道と思いきや変化球バンバン投げてくるので、かなりへえ~~って思いながら最後まで読めた。少女漫画って特殊な展開を作るときは、設定をすごく変なものにして魔球投げてくるイメージがあったので、カーブやフォークをちゃんと投げてくる作品は貴重なんじゃないかと思う。

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いくらストーリー自体が魅力的でも/「レイジングループ」

 人狼に興味を持って、でもいきなりプレイするのはちょっとハードル高いかなと思ったので、とりあえず試しにやってみたのがこのゲーム。人狼を題材にしたノベルゲームで、評判もそこそこよかったのでやってみた。

で、感想としては、ストーリーはけっこう面白かった。人狼要素を無理なくノベルゲームに吸収してうまくストーリーを構築している。自由度が若干薄いとか、終盤はほとんど人狼要素がなくて神話の話をしてるとか、不満点もまああるが、大目に見れるレベル。

また、ノベルゲームの構造そのものをループものとして扱っているのもけっこうよかった。特定のルートを選ぶごとに開放される「キーシステム」との相性は抜群で、まさにアドベンチャーゲームのように楽しめるという側面もある。

 

 

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木下古栗と反緊縮

 東日本大震災の少しあとに出版された『早稲田文学 記録増刊 震災とフィクションの”距離”』という雑誌がある。雑誌名から容易にわかるように、震災のことについてみんなで執筆しましょう、というアレだ。

で、この雑誌に、木下古栗が「カンブリア宮殿爆破計画」というろくでもないタイトルの短編小説を寄稿している。タイトルからわかるように村上龍を元ネタにした小説で、村上龍みたいな意識たかそーなくせに震災にかこつけてなんか言おうとする連中を、木下古栗お得意の破滅的文体でまとめて成敗しようという、(木下古栗にしては)わりと真面目な短編小説なんだけど……。

 

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延々と関係性を付与し続ける究極の群像連作短篇集/やまもり三香『シュガーズ(1〜6)』

このマンガの構成は独特である。ただしやってることは至極単純で、人物を登場させ、その間に関係性を与え続けるだけである。それだけならどの少女マンガでもやっている。

『シュガーズ』がそれら普通の少女マンガと違うのは、それを群像劇という形でやったところ。するとどうなるか。関係性の増えるスピードが、格段に上昇するのである。この漫画はたった6巻しかないのだけど、それだけでも関係性が複雑すぎて、(少なくともぼくには)まったく把握のできない関係性の集合体となっている。

これはぼくの持論なんだけど、少女マンガは関係性を楽しむものである。そういう立場を取るとするのであれば、このマンガは究極の少女マンガといえるだろう。

 

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