理不尽な暴力にさらされるだけの映画/ミヒャエル・ハネケ「ファニーゲーム」

ファニーゲーム [DVD]

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最初から最後まで何がやりたいのかよくわからなかった。主人公一家を極めて理不尽な暴力が襲うんだけど、それで終わり。悪い意味で変な映画だと思う。

 また、いくつかのメタ演出もあまりうまくない。とくに巻き戻しの部分にはほんとうにがっかりした。ハネケの他の作品でぼくが唯一観たことのある「隠された記憶」ではメタ演出がわりとうまくハマっていたと思うんだけど、「ファニーゲーム」はダメな部類に入ると思う。メタ演出のためのメタ演出が面白いわけがないのだ。

唯一良かったのは中盤の長回しシーン。子供が殺された悲しみが、淡々とした長回しによってこの上ないぐらい強調されており、このシーンだけは見入ってしまった。

楽しかった鑑賞体験は認知的不協和を発生させる/S・S・ラージャマウリ「バーフバリ 伝説誕生」

 わりとおもしろかった。やたらアクションシーンにスローモーションが多いとか、最初の滝を登るシーンがいくらなんでもバカすぎるだろとか、まあいろいろ不満はあるんだけど、歌と踊りとアクションのおかげで全然許せる。本格的なインド映画は3~4時間も延々と歌って踊ってる、みたいな噂を聞いたことがあるので、2時間ちょっとでインド映画をカジュアに楽しめるというのはいいこと。

でも、巷にいわれているほど絶賛するほどでもないかなあ。とくに、後半のパパバーフバリパートはあまりにもよくある話すぎて飽きちゃう。前半パートはアクションも無茶苦茶ながらも、それなりに面白みのある動き方をしているんですが、後半だとよくある動きばっかでそんなに面白くない。

あと、見ていてしんどかったのがヒロイン・アヴァンティカ(タマンナー)周りの描き方。勇敢な戦士であるアヴァンティカを無理やり戦闘服を脱がせて化粧をさせて、最終的に一人で城に乗り込んじゃうバーフバリのマチズモには、わりと顔をしかめてしまった。ただまあ、男尊女卑がすさまじいインドの映画だし、これぐらいのマチズモはあってもしょうがないかなあ……。

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音楽に惹かれたアニメってはじめてかも/今敏「妄想代理人」

 初今敏。まあわりとおもしろいっちゃあおもしろいんだけど、もうこういう電波系サブカルアニメで無邪気に喜べる年代はとっくに越しちゃったので、おもしろいっちゃあおもしろい止まりではある。

とはいえ映像美には唸らされる。そしてびっくりしたのは平沢進による音楽のすばらしさ。平沢進の曲は何曲か聞いたことあるけど、まさかアニメの世界にこんなに自然に溶け込むとは思わなかった。正直登場人物のセリフそっちのけでBGMに聞き入ってしまったよ。

高度に発達したミステリーはAIと区別がつかない/早坂吝『探偵AIのリアル・ディープラーニング』

探偵AIのリアル・ディープラーニング(新潮文庫)

探偵AIのリアル・ディープラーニング(新潮文庫)

 

これはすごい。なにがすごいかというと、「AIが考えた犯罪」と「AIが考えた推理」のそれっぽさが半端ない。早坂吝お得意のバカミスがこのテーマと絶妙に相性がよく、これ本当にAIが考えたんじゃと思ってしまうほど。その意味では、探偵AIが成長して本物の探偵っぽくなる後半よりも、ヘタレホームズやバカモリアーティを楽しめる前半の方が面白い。

また、AIとミステリーの絡め方もたいへんうまい。とくに、フレーム問題と後期クイーン問題のアナロジーからAIに大量のミステリー小説を読ませるところなんかは本当にうまくてびっくりした。早坂吝ってこんなにインテリちっくな作家だっけ?(そーいえば京大卒でした) すげー。

欠点としては、俺たちの戦いはこれからだエンドおよびそのための宙ぶらりんの伏線が、エピローグで余韻に浸るのを邪魔してたような気はする。また、前半の完成度が圧倒的に高いのと比べると、後半は若干「普通のミステリー」っぽくなってしまうのは残念。それでもすごく面白いのでぜひ読んでほしい。

 

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「第四の壁」って伝わるの?/ティム・ミラー「デッドプール」

 映画自体はたいへんおもしろかったので大満足。アメコミ映画特有の疾走感で、デッドプールが雑兵どもをわりとえげつない方法で殺戮していくというのは、わりとレアな絵面なのではないか。

ところで、見ていたときめっちゃ気になったのだけど……「第四の壁」って通じるの?

もちろん、「第四の壁」を破るような演出が、小説・映画・ゲームなどの多くに積極的に取り入れられている、というのはわかっている。デッドプールがスクリーンの前のぼくたちに語りかけるという演出は、それ単体では、決して珍しいものではない。が、「『第四の壁』という言葉を物語の登場人物が使うこと」にはけっこうびっくりしてしまった。だってそんな言葉が、普通(?)のエンタメ映画で使われるなんて思わなかったもの。

二重のパラノイアに取り憑かれたトンデモ奇書/ピエール・バイヤール『アクロイドを殺したのはだれか』

アクロイドを殺したのはだれか

アクロイドを殺したのはだれか

 

本書はなかなかの奇書だ。ただそれは、著者ピエール・バイヤールが、ロラン・バルトやジェラール・ジュネットの立場を引き継いで、『読んでいない本について堂々と語る方法』みたいに、能動的な読みを実践しているから、ではない。

たしかに本書は、物語理論研究家バイヤールによって書かれた、ポストモダン的な読みの実践ではある。そしてそれと同時に本書は、ミステリー小説家バイヤールによって書かれた、バイヤール探偵の活躍劇でもある。バイヤールはミステリーの本質を考察しつつ、『アクロイド殺し』の矛盾点を指摘、さらにそれだけにとどまらず、下手したら『アクロイド殺し』よりも面白い、たいへん意外な真実を「描き出す」。このような試みはとても刺激的であり、同時にラディカルな議論でもある。

ただ、ポモ的な議論もある程度知っているぼくから見ると、それはたしかにとてもラディカルではあるしとてもおもしろいのだけど、度肝を抜かれるというほどではない。バイヤールは『アクロイド殺し』の中でのエルキュール・ポアロの推理を「妄想的」と言い、同時に自身の読解も「同様に妄想的」と自虐するのだけど、ぼくには「正常に妄想的」であるように見える。

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世にも珍しいメタ・フェイクドキュメンタリー/白石晃士「シロメ」

シロメ

シロメ

 

 振り返ってみると、ドッキリ映像を単に映画にしました、というだけの映画ではある。だが、監督が白石晃士であるということが話をややこしくしている。白石晃士といえばフェイクドキュメンタリーの作り手だ。だから、ドッキリのネタばらしが行われるまで、白石晃士ファンは「これはドッキリなのか? それともガチの演技なのか?」と悩み続けることになる。

そしてそのややこしい構造を支えているのは、ドッキリの仕掛け人側と思われる早見あかり。彼女のかなりうまい演技のおかげで、本格的に何が正しくて何が正しくないのかわからなくなってくる。そういう意味でこの映画は、世にも珍しいメタ・フェイクドキュメンタリーとなっている。

 

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